March 13, 2006

精神的下降、見つめ合い合コン

 ここ数日はひどい鬱々君だった。
 土曜、日曜も、何もやる気が起きなかった。何も楽しいことが思い浮かばない。
 何もやる気にならないし、文章なんて一行だって書く気分になれない。
 部屋でじっとしていると、気が狂いそうな気がするぐらい、時間と自分自身を持てあましてしまう。

 二月に一度ぐらい、僕はそういう精神的極度の落とし穴にはまり込む。
 特にこれといった原因やトラブルがあったというわけでもなく、ある日急にそれはやってくる。
 すとん、と。

 そういう時、僕はこれまでの様々な出来事を思い浮かべ、自分はなんて馬鹿で愚かで冷酷で卑劣な人間なんだろう、と考えたりする。
 なんて物事の本質のわからない、頭の悪い人間なんだろう。
 なんて無意味で無価値な人間なんだろう。

 結局、何一つ計画せず、何もしないのが一番良かったんじゃないのか?
 何も求めず、何も夢見なかったほうがはるかにましだったんじゃないのか?
 その代償に、どれほど多くのものを損ない、大切な誰かを傷つけ、失ってきたことか。
 同時に自分自身をもどれほど傷つけてきたか。

 ギルバート・キース・チェスタートンは、
「なぜフェンスが建てられたのかわかるまで、決してフェンスを取り外してはならない」
と言っている。
 なぜフェンスが建てられたのか、その理由がわからないまま、僕は次々とフェンスを壊してきた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 そんな風に落ち込んでいろんなことを考え出すと、「これ以上生きていてもろくなことはないんじゃないか」
と時々真剣に考えてしまう。
 そんなの誰のためにも、誰の役にも立たないじゃないか?
 僕が生きている意味とはいったいなんなのだろう。

 そういうことを、陰鬱な気持ちで考える。

 しかし僕は、結局のところ、落ち込むのも早いが開き直るのも早いほうなので、そういうどうしようもなく暗く鬱屈した状態というのはそう長くは続かない。
 ようするにそのへんが、僕の無反省なところである。そしてだから今日までなんとか生きてこられたのだろう。
 落ち込んだあと、徐々に自分を立て直し、再び精神的上昇ラインに乗っていくこともあるが、朝目が覚めてみたら突然気分が良くなっていたということもある。
 そして僕の場合は、後者のケースの方が圧倒的に多い。
 幸せなことではある。
 それも、やはりとくにきちんとした理由なんかない。

 でもおそらく、わけもなく落ち込むときにも元気になるときにも、本当はちゃんと理由があるはずなのだ。
 それは何かはっきりとした一つの原因や形をとらないというだけで、あるいはさまざまな物の積み重ねや、その時の体調の良し悪しの問題もあるので、実際何がどうしてそうなったのか、自分でもよくわからないだけなのだと思う。
 僕自身にも、まだまだ自分のことがよくわかっていないのだ。

 とりあえず、昨日一昨日に比べれば、今日の僕はだいぶ持ち直した。
 朝起きたら突然気分が良くなり世界が薔薇色に見え始めた、というほどの劇的回復ではなかったが、今朝早く起きて、これから自分がやるべきだと思うことや計画やここ数年の目標を書き出し、あるいは今までに書いたものを見直してみて、少しは何かをやろうという気力が出てきた。昼間仕事をするうちに、精神的な曲線は少しずつだか上昇を始めた。
 そしてこうして今、なんとかブログを更新している。

 僕は思うのだが、人をもっとも傷つけ、悲しい気持ちにさせるのは、自分が手放したものや捨ててきたものについて、あるいは自分がしてきたことについて、今になってその重大さや意味や価値に気づいたり、後悔の念を持つことだと思う。
 それはいくら努力したところで今さらどうにも出来ないことなので、なお一層人を悲しい気持ちにさせる。
 一度そういう悲しみに捉われてしまうと、なかなかそこから這い上がれなくなってしまう。
 でももちろん、受け入れるしかないのだ、といつも同じ一つの結論に到達することになる。
 あとから後悔することはいくらでも出来る。そしてどんなに誠意を持って努力して生きても、後悔の種は尽きない。
 過ぎたことを後悔しない、というのも一つの見識である。

 そして結局、やはり人は誰でも、希望なしには生きていけない。
 それがどんなにささいな希望であろうと、他人から見てくだらないものであろうと。たとえ幻想に過ぎなくても。

 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 ところで話はまったく(ほんとにまったく)変わるが、ある雑誌によると、アメリカの28歳の男性が、「見つめ合い合コン」というものを考案したということである。
 自己紹介などせず、とにかくまず無言でお互いの目を見つめあう。3分たったら交替。
 これでその後の合コンの会話が、よりスムーズに、より深いものに発展していくらしい。

 「人間が長いこと見つめ合う相手は恋人だけ。見つめあえば自然と恋愛気分が高まる」とある心理学の教授も太鼓判を押しているということだが、それはたしかにそうだと思う。
 
 もし第一印象がそこそこ良かった相手と三分もじっと見つめ合っていたら、かなりの確率で真剣に好きになってしまうのではないだろうか。
 
 三分も本気で見つめ合えば、相手の性格や人間性や、そのかなり深いところまで立ち入ることが出来るような気がする。
 少なくともその入口を見つけられそうである。
 当然そこには、何か親密な雰囲気や会話が生まれることになる。

 なかなかエキサイティングで面白そうだし、こういう合コンは日本でも是非やってみたらいいと思う。
 と僕は思うのだが、どんなもんでしょうね?
 
人気blogランキング。よろしかったら、クリックをお願いします。


泣ける!ベスト35特集



jailz at 23:07│Comments(0)TrackBack(0)

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔