March 07, 2006

平井堅 「瞳を閉じて」、恋することについて

 今さらだけれど、この間平井堅のアルバム 「SENTIMENTALovers」をレンタルしてiPodに入れたので、今日は仕事の移動時間中、結構集中して聴いてみた。
 その中に「瞳を閉じて」も入っている。
 言うまでもなく、悲恋の、とても悲しい曲である。
 失恋中の者にとっては、とても深く胸に染み入ってしまう曲だ。

 どれだけ多くの失恋中の人々が、この曲を聴いて胸に再来する痛みを確認しなおし、涙したことだろう?
 どれだけ多くの人々が、それぞれ自分の失った物と恋と恋人と、二度と取り戻すことの出来ない輝かしい過ぎ去りし日々を思い浮かべたことだろう?
 僕も、その一人である。

 いい曲なのだが、しかし困ったものだとも思う。
 何が困ったかというと、失恋に特有の、失ったものをこのうえなく美しく甘い思い出にしてしまうという点を、なおいっそう助長し強化してしまうという点である。
 もちろん、大切なものを失ったことはとても辛いことだし、誰でもその愛しい美しい思い出をなかなか手放せず、切なさで心を満たし、後悔や自責の念に苛まれる。
 なぜ僕らは出会い、なぜ失わなければならなかったのか?
 大好きだった人。幸福だった日々。思い出。
 それはやって来て、去ってしまった。
 失ったものは美しく、輝かしく、二度と取り戻せない。

 でもしかし、心の中には単純にそういう風にはしたくない、という気持ちもある。
 美しく甘く切ない哀惜の念に心をゆだね、そこにひたってしまうことは、自分が経験した恋を一般的で陳腐で安っぽい、ただのセンチメントな物語にすり変えてしまうような気がする。
 自分が経験したのはそんなものじゃないんだ、と思う。
 僕にとって、彼女は本当に特別な存在だったんだ。

 その時二人の間にいったい何が本当にあったのか、なかったのか、そして本当に自分が思うほど、お互いがお互いにとってかけがえのない存在だったのか、きちんと確認したいと思う。
 僕は自分に問いかける。「いったい二人の間には何があったのか?」と。

 でももちろん、最終的に、僕らが体験する恋は、たいていの場合、一般的で陳腐でセンチメントな物語だ。
 かけがえのないものなんて世の中にそうそうあるものではない。
 今どれだけ辛くても、たぶんそれが現実である。
 だからこそ人は、狂気に陥らず、正気を保って生きていけるのだとも言える。
 そして「恋をする」ということそのものが、ある意味すでにそういう陳腐さを招いているのかも知れない。恋とはもともとそういうものなのかも知れない。
 
 多くのものはしだいに消え、やがてその一つ一つのディテールは、思い出すのも難しくなっていく。自分がどれだけ心から相手を求めたか、という真剣さだけが、ぼんやりとした形で、いつまでもとどまり続ける。
 でもだからこそ、人を恋するということは素晴らしいことなのかも知れない。
 どれだけ稚拙だろうが、一般的で陳腐であろうが、僕らはそういう、一回性の人生を生き、そして何かを真剣に求めていく。
 それは僕らの人生に、消すことのできない刻印を積み重ねていく。
 好むと好まざるとに関わらず、僕らは求めたものと手にしたもの、そしてそれに見合う代償と共に、生きていかなくてはならない。

 そんなことをいろいろと考えながら、何度も繰り返し「瞳を閉じて」を聴いていた。
 そしてやっぱり、平井堅の「瞳を閉じて」はいい曲だな、と思った。
 「SENTIMENTALovers」というアルバムのタイトルは、まさしく的を得ているように思う。

 ところで「瞳を閉じて」の歌詞の中で、

 いつかは君のこと何も感じなくなるのかな?
 今の痛み抱いて 眠るほうがまだいいかな?

 という部分がある。今日あらためてちゃんと聴いたら、「眠る」ということは「死ぬ」ということなのかな?と思った。

 いつかは君のこと 何も感じなくなるのかな?
 今の痛み抱いて 死んだほうがまだいいかな?

 ということになると思うのだが、わからないけど、たぶんそういうことなのだろう。

 
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平井堅 SENTIMENTALovers

SENTIMENTALovers

1.思いがかさなるその前に…
2.jealousy
3.言わない関係
4.君が僕に憑依した!!
5.瞳をとじて
6.青春デイズ
7.style
8.signa.
9.鍵穴
10.nostalgia
11.キミはともだち
12.センチメンタル


jailz at 23:06│Comments(0)TrackBack(0)日記 

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