January 25, 2006

「プライドと偏見」のこと・その2 原作を読み返す

13プライドと偏見 この間、映画「プライドと偏見」を見て以来、再び原作を読み返している。

 僕が持っている新潮文庫版の「自負と偏見」は、最後の中野好夫氏の解説まで入れると、全606頁。
 かなりの分量だし、通して読み返すとなるとなかなか勇気がいるのだが、映画を見たせいで、どうしても読み返さずにはいられなくなった。
 途中まで読んでその後いっこうに進まないマイクル・クライトンの「恐怖の存在」は横に置き、今は毎日少しずつ、結構新鮮な気持ちで、楽しみながら読み返している。
 モームも言っているように、いくら読んでもこれといってたいした事件は何も起こらないのだが、一度ページをくるとたちまち引き込まれ、するすると、どんどん読み進んでしまう。
 本当に面白い。

 読み返していて思うのは、映画版が、自分が考えていた以上にかなり原作に忠実だったことである。
 もちろん映画と小説は別物なので、その面白さの質は違うが、少なくともストーリーやテーマ、エピソードといった面では、驚くほどそのままである。下手な改変や大幅なカットもなければ、でしゃばったつけ足しもない。

 一般的に、小説を映画化する場合、ストーリーやエピソードや、重要な登場人物まで、割愛されてしまうことが結構多い。ひどい時には、根本的なテーマまで、変わってしまう場合もある。絶対死んではいけないはずの人が途中で死んだり、いなかったはずの子供が勝手に生まれていることもある。

 僕が昔一番ひどいと思ったのはヴィヴィアン・リー主演の「アンナ・カレーニナ」だった。
 マイクル・クライトンの「ジュラシック・パーク」にもがっかりした。「アルジャーノンに花束を(邦題『まごころを君に』」も今一歩だった。どれも原作に思い入れがあるだけに、自分がもっとも感動したはずのポイントをないがしろにされると、やはりがっかりした気持ちになってしまう。

 しかしそれはそれとして、考えてみると、ジェーン・オースティンの作品というのは、もしかしたら映画化しやすいのかな、とここのところ思う。同じ長編小説でも、マイクル・クライトンや、トルストイや、あるいはジョン・アーヴィングの小説なんかだと、これでもかというぐらい次々に事件や展開があって、人も大勢あらわれる。映画という2時間から3時間の尺に詰め込むには、たしかに大変そうである。それに対して、ジェーン・オースティンのそれはまったく逆で、これといった展開や事件が少ない分、一つ一つをじっくりと、丁寧に描ける、という点で、映画の時間枠にはめ込みやすいのかも知れない。
 
 そういえば、ケイト・ウィンスレット主演の「いつか晴れた日に(ジェーン・オースティン原作『分別と多感』」もなかなか良かった。

 
 今回この「プライドと偏見」の映画を見た後で、あらためて原作を読み返してみると、映画では語られなかったそれぞれの事情や心理、その背景、因果関係などが細かくわかるし、ジェーン・オースティンが物語を通して物事をどのような
目で見ているか、それぞれの登場人物についてどう考えているか、その鋭い描写も、大きな楽しみの一つである。

05プライドと偏見 たとえば例の牧師、ミスター・コリンズ氏のことを、オースティンは次のように描写している。

「ミスター・コリンズは、あまり頭のいい男ではなかった。しかもその生来の欠陥が、教育によっても、ほとんど補われていなかった。彼の生涯の大半は、無学でケチな父親の膝下ですごされ、また大学にも通ったことはあるが、それすらただ規定の年限を在学したというだけで、益友をつくるなどということは、いっさいしなかった。父親の下で、ただ盲従だけを強いられて育ったために、はじめは妙に卑屈な態度になっていたが、その後それは、バカが独居することからくる自惚れと、若くして思わぬ成金になったことからする妙に尊大ぶった気持ちとに、大きく変わっていた」(新潮文庫『自負と偏見』P111頁より)

 原作のコリンズが「背の高い」でくのぼうであるのとは逆に、映画のコリンズはかなり小男だが、一連のちょっと気違いじみた言動、頭の悪さ、感じの悪さ、自惚れの強さ、というのは、映画でもとても良く出ている。

 それから僕の好きなのは、シャーロット・ルーカスが、エリザベスに自分とコリンズとの婚約を打ち明けるシーンである。
 小説でも映画でも、このシーンはいろいろと考えさせられる、ちょっと物哀しくもあるいい場面だ。
 シャーロットから婚約のことを聞かされて、エリザベスはびっくり仰天する。
 なんであんな男と?
 しかもつい3、4日前に、自分にプロポーズしたばかりだというのに。


 そんなエリザベスに対して、シャーロットは次のように言う。

 私は別に、結婚出来さえすればそれでいい。
 私にはロマンスなんて贅沢なの。

 私は不器量だし、財産もない。
 このチャンスを逃したら、私はこの先一生結婚できないかも知れない。いい縁があるとも思えない。
 そしてコリンズさんにはそれなりの財産も地位もある。

 私は別にロマンスなんて望んでいないの。
 結婚できて、安定した暮らしがあって、自分の家庭が持てて、それだけで十分だわ。


 エリザベスには、ただ世俗的な利害だけを考え、その他の気持ちなどいっさい犠牲にして結婚しようとしているシャーロットの行動が信じられない。そもそも愛情のない結婚など、まったく考えられないのがエリザベスである。

 しかし確かにエリザベスの言うことも正論だが、シャーロットの言うことも間違ってはいない。
 現実的な意味合いにおいて、シャーロットの言うことは正しい。
 あてのないロマンスをただ夢見ていても、それだけでは生きていけない。
 人生とは、そんなに甘くはない。

 僕はこのシーンがとても好きだ。
 二人の生き方は非常に対象的だが、どちらの気持ちもわかる。
 そしてシャーロットの選んだ生き方には、現実を厳しく生きようとする強さと、潔さと、たくましさが感じられる。
 もちろんシャーロットは、じゅうぶん納得づくで、そのような道を自分で選んだのだ。
 映画ではあまり多くは語られないが、原作では彼女は、「今回の結婚が自分にとって何か幸福を約束してくれるように思う。この結婚が、ほかの人の結婚に負けるとは思わないの」と言う。
 エリザベスは、そのために犠牲にされるもののことを思う。
 そして結婚とは果たしてなんだろうかと考える。
 シャーロットの心の痛みについて考え、自分自身の痛みについて考える。
 「プライドと偏見」の名シーンの一つであると思う。


 とりあえず、現在198ページ目。
 エリザベスがウィッカム君にどんどん惹かれ、ミスター・ビングリー氏がジェーンをおいて、ロンドンへと発ってしまったところです。

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自負と偏見

イギリスの田舎町、五人姉妹のベネット家の隣に、青年紳士ビングリーが引越して来る。温和で美しい長女ジェーンと才気溢れる次女エリザベス、そして快活なビングリーとその親友で気難し屋のダーシー。ところが、エリザベスが高慢で鼻持ちならぬ男と考えていたダーシーが、実は誠実で賢明な紳士だと判った時…。二組の恋の行方と日常を鋭い観察眼とユーモアで見事に描写した名作。

映画『キング・コング』オリジナル・サウンドトラック

映画『プライドと偏見』オリジナル・サウンドトラック


音楽は「In The World」でベルリン映画祭金熊賞を受賞した実力派ダリオ・マリアネッリ。そしてピアノを担当しているのがフランスの貴公子ピアニスト、ジャン=イヴ・ティボーデ。
『ピアノ・レッスン』を髣髴とさせる美しいスコアが展開されます。



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この記事へのコメント

1. Posted by えい   January 28, 2006 12:42
TBありがとうございました。

確かにコリンズのエピソードは
サイドストーリーながら
印象的でした。

キャスティングもよかったと思います。
2. Posted by ヒデちゃん   January 28, 2006 16:19
えいさん、こんにちわ。
コリンズ氏は結構どうしようもない人ですが、
考えてみるとああいう人ってわりと身近にいそうですよね。あそこまで誇張されていなくても、同じようなこっけいな要素って、みんなそれなりに持っているのかも知れません。
他人のふりみて我がふり直せ、ですかね。
キャスティング、良かったですね。
3. Posted by Ren   January 28, 2006 17:03
TBありがとうございました☆
こちらの記事を読んでいて、
私もやはり原作を読みたくなりました。
さっそく探して見ま〜す!
4. Posted by HIROMIC WORLD   January 28, 2006 21:30
TBありがとうございました。
他の方々のblogで、BBC版の話や原作の話が書かれていたので、私も原作に(BBC版はともかく・・・)興味を持っていたのですが、ますます興味が湧いてきました!
特に、ラストが違うという話もあるので、是非、読破してください。
シャーロットの結婚観、共感や同調はできませんが、当時の時代背景を考えると、十分理解できます。奔放な妹や、あくまでも受身の姉など、人それぞれの結婚観(恋愛感?)が描かれていましたね。
5. Posted by ヒデちゃん   January 28, 2006 23:10
Renさん、こんばんわ。
是非原作読んでください。
どこの書店でも結構と置いてると思いますよ。
僕はずっと原作のファンだったので、自信を持っておすすめします。
6. Posted by ヒデちゃん   January 28, 2006 23:20
HIROMIC WORLDさん、こんばんわ。
そうですね、映画では割とあっさり終わっていますが、原作ではその後の幸せに満ち満ちた二人の会話なんかがあって、なかなか読んでるほうが照れくさくなるぐらいの熱々ぶりです。
「なんで私のこと好きになったのよ、あなた?」
「なんだい、お前こそ」
みたいな。ちょっと違ったかも知れないけど。

そうですね、シャーロットのような結婚観は、普通現代の若い子たちなら絶対抱かない思いでしょうね。でも彼女の場合、あくまで現実的な問題として、今後の身の振り方も踏まえ、自分自身の立場を受け入れてるわけですよね。好むとか、好まないとかではなく。そのへんは、やはりいろいろと考えさせられました。
7. Posted by catpurr   January 29, 2006 00:29
TBありがとうざいました。シャーロットの打算的な考え方は現代の女性の結婚観と変わらないと思います。特に日本では・・。
知り合いの女性の中には、今だに理想に結婚を求めて、これはと思う人が来るのを待って、未婚の人も多いです。
それでも彼女達は元気で明るく力強く生きている。
シャーロット的な生き方をした方が、楽かもしれないけど、果たしてそれが個人的に幸福な人生だったと人生の最後に自身の人生を振り返って思えるのかどうか・・?
オースティンは生涯独身でしたね。
8. Posted by ヒデちゃん   January 29, 2006 09:08
catpurrさん、おはようございいます。
なるほど、そう言われると、この結婚観は確かに現代女性にこそ言えるのかも知れませんね。僕個人的には愛情のない結婚生活などしたくないと思っているし、誰だって普通そうだと思ってたのですが。
 でもそうじゃないのかも知れないですね。
 ただ僕個人的な思いとは別に、恋愛と結婚という問題は、なかなか一言では片づけられない難しさがあると思います。たとえばお見合い結婚なんて、悪く言えば打算がまず前提にあるわけですが、だからといってそういう結婚を悪いとも思わないし、責めることも出来ない。誰もが自分の理想を追求したいと思っているわけでもないし、そのために命を投げ出そうとしているわけでもない。でも、それはそれでいいのではいかとも思います。
9. Posted by いも   January 29, 2006 14:13
はじめまして。TB有難うございました(^^)
ヒデさんの記事は小説の内容も書かれていて興味深く読ませていただきました。
(というのも、私は元々小説を読むのが苦手で、この原作も読んでいないので(^^;)

ミスター・コリンズは小説ではそのように描かれているのですね。
そしてエリザベスにフラれたあとにすぐ別の女性にプロポーズするところは、一見そこだけ見たら「誰でもええんかい!」と思ってしまいそうですが、
あの時代背景を考えたら、よほど好みではないとか家柄同士に確執があるとかでない限り結婚相手を見つけることがまず第一だったんでしょうね。
だから私も、コリンズの行動もエリザベスの言うこともシャーロットの言うこともどれも否定できないなぁと思いました。

小説も読むとより一層この作品の深さが分かって良いですよね。
私も機会があればいつか読んでみたいです。
10. Posted by ヒデちゃん   January 29, 2006 21:40
いもさん、こんばんわ。
確かに時代背景を無視して単純にいいとか悪いとかは言えないと思います。何が正しく何を普通と考えるかは、やはり自分が生きている時代の状況に確実に影響されているわけですから。それでもこの作品が200年以上も愛されているのは、その結婚観や人々の思いに、現代に共通する悩みがあるからですね。自分の気持ちをいつわることはしたくないし、そのために出来るだけのことをしたいと僕は思いますが、必ずしも理想どおりに生きられないことも実際にはよくあることです。努力した上でダメなら、あとはやはり現実を見極めることも必要だと思います。原作、是非読んでみてください。
11. Posted by HIROMIC WORLD   February 14, 2006 22:24
ヒデちゃんさん、こんばんわ。
原作本、やっと読み終わりました。私は中野康司さん訳のちくま文庫版です。
状況や心情を丁寧に説明してあるので、とてもわかりやすかったです。後日談も、小説ならではで面白かったですネ。
ただ、映画でとても気になっていた母親や妹の「愚かさ」は、原作でも遺憾なく(?)発揮されていて、それどころかあの父親や姉までも・・・。
世の中には完璧な人間はおらず、愚かで滑稽な面を持っているものだ、として描かれているところが
気分的に読んでいて疲れました。
でも、そんな愚かさをお互いが認め合い、補いあいましょう、という結末は良かったですね。
12. Posted by ヒデちゃん   February 15, 2006 18:48
HIROMIC WORLDさん、こんばんわ。
そうですか、ついに読み終えましたか。
僕も一週間ちょっと前に、再読を終えましたよ。

確かにオースティンの書く人物というのは、というよりもオースティンの人物たちに対する視線や彼女の作風自体が、常にその人の欠点を洗いざらい観察し、暴露し、表出させる、という特徴を持っていますね。一見世間的にどんなに立派に見える人物でも、そこには醜い虚栄心や性格的な弱さが見え隠れしたりします。だから読んでいると、どきっとさせられるし、真剣に読む込むと、結構疲れるかも知れませんね。自分自身と向き合うことになるので。
 でも最終的には、そのような人々の欠点を、オースティン自身が許していると思います。何が正しいかをとことん追求し、それ以外を切り捨てる、ということではないですから。だから読後が、暖かく家庭的なんだと思います。

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