March 2005

March 29, 2005

スウィングガールズ

swing02 遅ればせながら、前々から見たいと思っていた「スウィングガールズ」をレンタルで見たので、今日はその感想。
 とりあえず以下、公式サイトのイントロダクションからの引用です。

「舞台は東北の片田舎の高校。夏休み返上で補習を受けている女子生徒たちが、サボりの口実としてビックバンドを始める。
当然のごとくやる気はゼロでサボる気満々。しかし、楽器からすこしずつ音がでてくるにつれジャズの魅力にひきこまれ、
ついには自分達だけでバンド結成を決意!とはいえ楽器はないし、お金もない。バイトをすれば大失敗。なんとか楽器を
手に入れて、いざ練習!と思いきや、今度は練習場所もなく、ついにはバンド解散の危機!?
しかし、音楽への熱い思いがはちゃめちゃパワーとあいまって、紆余曲折を吹き飛ばし、感動のラストまで一直線!!」

公式サイト
http://www.swinggirls.jp/index.html

swing07 僕としてはまあまあ面白かったし、難しいことなんかなんにも抜きで、単純に楽しめた。
 シンクロナイトスイミング、またはビッグバンドの演奏を、今までまったくやったことのないずぶの素人であるメンバー達が苦労して
練習し、様々な困難を乗り越えて、遂には人々の喝采を浴びる−−
 という構図とその幕切れに訪れるカタルシス、爽快感は、まさに矢口節である。

swing06 「ウォーターボーイズ」「スウィングガールズ」と、どちらにも共通して僕が矢口監督に感心することの一つは、その日常を描く際の「異常さ」である。
 異常さ、というとちょっとニュアンスがきついし、乱暴な言い方かも知れないけれど、−−そして僕が思うだけかも知れないけれど、一見地味で質素で平凡なように見える舞台設定やドラマ展開、そのディティールの描き込みは、よく見ると実際の日常ではほとんどありそうにないものの積み重ねで、どこにでもありそうな平凡な日常的、一青春群像・・・というのとは、明らかに違う。
 それは言ってみればおとぎ話、ファンタジーのようなもので、99%リアルに見えるシーンでも、残りの1%が、なにか決定的に、いわゆる「矢口節」的に、物事の軸のようなものがずれているのである。

 別に悪い意味でそう思うのではなく、そういう一種独特で特殊なセンスと青春ドラマをうまく結びつけて、最後の大きな感動まで持って行くその力、そのあたりが、矢口監督ならではの魅力だな、と僕なんかは思います。

swing08 今回の一番の笑いどころは、なんといってもあの”イノシシ”の場面の、奇抜で斬新(?笑)なストップモーションですね。
 これは一見の価値ありです。今思い出してもかなり笑えます。
 
 『スウィングガールズ』の演奏場面はすべて出演者自身によるものということで、これは結構驚いたし、感心しました。
 なかなかやるものです。
 これで、全国の吹奏楽部入部希望者や、ジャズファンが飛躍的に伸びるんでしょうね。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
swing04 内気で無口な孤高のトロンボーン吹き、関口香織役の本仮屋ユイカさん、いいですね。
 なんとなく昔のドラマ「愛という名のもとに」の時の、深津絵里を思い出しました。
 これからとんでもなく大物になってしまったりするんですかね。昨日から始まったNHKの新しい朝ドラ「ファイト」の主演ということらしいですが。

しかし「愛という名のもとに」か・・・あの頃は、僕も本当に若かった。

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−−−−−− スウィングガールズ関連 −−−−−−

 サウンドトラックを買おうかどうしようか、迷っているところです。
 DVDは、どうせ買うなら特典映像のついたスペシャルエディション(2枚組)か、プレミアムエディション(3枚組)がおすすめです。

SWING GIRLS オリジナル・サウンドトラック
【収録曲】
1.Take a train ride  2.A列車で行こう (演奏:SWING GIRLS)
3.Through the window  4.Falling in Blue
5.Platanus Garden  6.Keep on going, Girls !
7.Stay away from me  8.swing talk  9.故郷の空 (演奏:SWING GIRLS)
10.メイク・ハー・マイン (演奏:SWING GIRLS)
11.イン・ザ・ムード (演奏:SWING GIRLS) 
12.That's what it is ! 13.Reminding Sorrows
14.A列車で行こう Snowy Ver. (演奏:SWING GIRLS) 
スウィングガールズ オフィシャルブック




スウィングガールズ公式ガイドブック Swing a gogo!!



「スウィングガールズ」絵コンテ集






スウィングガールズ スタンダード・エディション
【映像特典】
・特報
・予告編
・TVCM
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スウィングガールズ スペシャル・エディション
【封入特典】
●ブックレット(16P)
●ラッキーチャンス!監督 or ガールズ&ア・ボーイのサインが入っていたら大当たり!
※ピクチャーレーベル

【収録内容】
《本編ディスク》
105分 / カラー / 2004年度作品 / ビスタサイズ / 片面・2層
《字幕》 1. 日本語音声字幕(山形弁) 2. 英語字幕
【映像特典】
●特報  ●予告編  ●TVCM  ●ガールズ&ア・ボーイキャラクター紹介(静止画)
《特典ディスク》
【映像特典】
●メイキング(CSオンエア版)  ●矢口映画の作り方・SGバージョン  ●サイドストーリー×7タイトル
●キャストインタビュー  ●ロケ地めぐりの旅  ●未公開カット  ●アートワーク紹介
●オールキャスト&スタッフプロフィール(静止画)  ●全国上映劇場リスト(静止画)
●舞台挨拶全記録(静止画)  ●ジャズの歴史紹介  ●楽器解説


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March 25, 2005

オペラ座の怪人(6)「LEARN TO BE LONELY(ラーン・トゥ・ビー・ロンリー)」の意外な深さ

オペラ050325-1 遅くなったけれど、「オペラ座の怪人」歌詞紹介シリーズの最後として、エンディング・テーマである「LEARN TO BE LONELY(ラーン・トゥ・ビー・ロンリー)」にせまってみたいと思います。
 とりあえず、歌詞の紹介から。


−−「LEARN TO BE LONELY(ラーン・トゥ・ビー・ロンリー)」−−



空虚の中に生まれ落ち
荒れ果てた世界に生きる子供よ
孤独でいることを覚えなさい
暗闇の中に 一筋の道を見つけるすべを学びなさい

誰が おまえのためにいてくれるのだろう
誰がおまえを慰め 気づかってくれるのだろう
孤独でいることを覚えなさい
自分で自分の友となるすべを学びなさい

外の世界に おまえを抱きしめてくれる人がいると
一度も 夢見たこともなく
おまえは いつでも知っていた
おまえの心は ひとりぼっちだと

だから 寂しさの中で笑ってごらん
荒れ果てた世界に生きる子供よ
孤独でいることを覚えなさい
一人で生きる人生を 愛するすべを学びなさい

孤独でいることを覚えなさい
人生は生きるに値するもの
人生は独りでも愛せるものだから

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
オペラ050325-4サントラCDを持っていない方は、公式サイトに追加されていますので、こちらでどうぞ。
かなりたっぷりと視聴できます。http://www.opera-movie.jp/


 映画を見終わってこのエンディング・テーマがスタッフ・ロールと共に流れてきたとき、僕が最初に感じたのは、
「なんだこれは。確かにメロディは美しいけど、あまりにも身も蓋もないじゃないか。これじゃいくらなんでもファントムがかわいそすぎる。救いがなさすぎる。あんまりだ」というような感想で、ちょっと肩透かしをくらったような、拍子抜けしたような記憶があります。
 もっとこの映画にふさわしい、いいエンディング・テーマがほかにいくらでもありそうなものじゃないか、と。

オペラ050325-2 しかしサントラCDを買い、何度も何度もなんの気なしにこの曲を繰り返し聞いているうちに、最近この曲に対する自分の感じ方、受け取り方が少しずつ変わってきたことに気づきました。
 英語で歌っているわけだから、もちろん聞いたって意味なんてわからない。にもかかわらず、ある日突然、
「もしかして、これはなかなか奥の深い、まさしくこの映画のエンディングにふさわしい、そしてファントムにこそふさわしい、名曲なのではないか?」
と、ふと思いました。

 それでとにかく、この曲の歌詞について、もう一度ちゃんと考えてみようと思いました。
 実際、この曲はなにを歌っているのでしょうか。何を言おうとしているのでしょうか?

 「孤独でいることを覚えなさい」

 まさにそのままなのですが、たしかに結局人は、その魂の暗闇の部分では、どこまで行こうと常に孤独なのかもしれません。

 ヘルマン・ヘッセはその著書『夜の慰め』の中でこう書いています。
「霧のなかをさすらうことの不思議よ!
 生きるということは孤独であるということだ。
 どんな人も他人を知らず、
 誰もかれも皆ひとりだ」

 また19世紀のドイツの劇作家ヘッベルは言っています。
「生きるとは、深い孤独のなかにあることだ」

 しかしもちろんファントムの場合、そういう一般的な人生についての考察を、そのままあてはめるわけにはいきません。
 彼の生い立ちや境遇、その過去はあまりにも特殊だし、あまりに非人間的(という言葉はふさわしくないかも知れませんが)です。
 ファントムの場合は否が応にも、本当に文字通り孤独な人生を生きるすべを学ぶほかに、生きる道はなかったのです。

 映画のエンディングがどれほど感動的であろうと、またクリスティーヌのキスによってどれほど彼の凍りついた心が溶かされようと、彼の人生に、何か目に見える形での「救い」というものは、やはりありえないのではないか、僕はあとになってそう思うようになりました。
 いいも悪いもなく、彼を本当に救いだすことの出来る人間など、どこにもいないのだ、と。救われるには、彼の人生はすでにあまりにも損なわれ過ぎているからです。

オペラ050325-3 だから最初にも書いたように、このエンディング・テーマは「まさしくこの映画のエンディングにふさわしい、そしてファントムにこそふさわしい、名曲なのではないか」と僕も今は思います。

 今後も彼の指針となるものは、「一人で生きる人生を愛するすべを学ぶ」こと、それを模索することのみです。
 その結果、「人生は独りでも愛せるものだから」という結論に達することが出来るのかどうか、本当にそんなことが可能なのかどうか、それはちょっと僕にはわかりません。

 しかしクリスティーヌとの間にもたれた心の共有や、深い部分でのつながり、それがたとえ一瞬のことであったとしても、それこそが彼にとっては大きな「救い」だったのではないか、僕はそう思うのです。


 この映画を見ることが出来て良かったなあと、時間がたつにつれて、なんだか最近しみじみ思います。
 本当にいい映画でした。


−−−オペラ座関連−−−

オペラCD01おすすめ

 「オペラ座の怪人」オリジナル・サウンドトラック
 



 

マンハッタンの怪人マンハッタンの怪人 

十九世紀末、パリ。オペラ座の地下に潜み、闇の世界を支配する怪人はその醜い容姿ゆえに、それまで愛というものを知らなかった。オペラ座の歌姫に生涯ただ一度きりの恋をするまでは。だが、あの夜、悲劇的な運命の事件は起こってしまった…。そして十三年後。一通の手紙がニューヨークのある男の元に届く。巨万の富と絶大な権力を手にし、街を支配するこの男こそが、パリから消えた怪人だった。そしてこの手紙は、全ての者の運命の輪を、終幕へ向かってゆっくりとまわし始めた―。不朽の愛の名作『オペラ座の怪人』、ここに完結。



「オペラ座の怪人」パーフェクトガイド「オペラ座の怪人」パーフェクトガイド写真多数。1時間20分のDVD付です。キャストインタビューや、スタッフインタビュー、映画完成までの16年にわたる舞台裏などが紹介されています。僕も持ってるけど、結構内容盛りだくさんなわりにお買い得。


The Phantom Of The Opera Companion (FILM...
 これは洋書らしいですが、原作者ガストン・ルルーの紹介、歴代の映画化された怪人、ミュージカルの舞台や、映画作りの舞台裏、映画のシナリオも載ってるようです。
写真集的に写真も多く、曲の英語歌詞も載ってるとか。
英語がそこそこ読める、または読めなくてもいいという強烈なオペラ座ファンにはおすすめ。

ファントム(上)ファントム〈上〉扶桑社ミステリー

19世紀、フランス。夫を亡くしたマドレーヌが失意の中で産んだ長男エリックは、この世のものとは思えない恐ろしい容貌をしていた。以来マドレーヌは我が子をどうしても愛することができず、仮面をかぶせて屋根裏に閉じ込める。やがてエリックのずば抜けた頭脳は顕著になり、幼くして建築学を極めるとともに音楽の方面でも類いまれな才能を発揮。だが八歳になったとき、自分がいると母にも危険がつきまとうと知ったエリックは、自ら家を飛び出した…。あまりにも有名な〈怪人〉の生涯を、生い立ちから書き起こす感動作。

ファントム(下)ファントム(下)
世界的な手品師として暮らした後、三十代半ばになったエリックは憧れのパリに乗り込み、オペラ座の新築工事を任されることになった。工事は十数年に及んだが、地上の生活に疲れた彼はオペラ座の地下深くに秘密のすみかを作り上げ、ようやく安住の地を得る。五十歳を前に体力も衰えると、〈オペラ座の怪人〉になることを思いつき、科学知識を駆使したトリックで人々を震え上がらせた。が、そんなエリックを、新人歌手クリスティーヌとの運命の出会いが待ち受けていた。オペラの歌詞に託して壮大なスケールで語る愛の物語。

〈去年買った僕のお気に入り。ipod。〉
 ここに「オペラ座」を入れて、聞いています。

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連載「ヒデ・芝居の会へ」(3)

 今日読んだのは三谷幸●の「出口なし」。
 精神病院が舞台の物語で、登場人物は男2人、女2人。
 これはなかなか面白かった。面白かったのだが・・・しかしなんとも長い。
 いつものストレート・プレイの調子で読むと、二時間半近くかかってしまう。
 見る方だって大変だろうけど、もし自分がやるとしたら、かなりの労力が必要とされることは間違いない。
 
 しかし今まで読んだ本の中では、一番やってみたい作品ではある。
 中盤までは、とにかくそのコメディ的やりとりが笑えるのだが、終盤にさしかかるにつれて、徐々に話はシリアスに、その真相の深くへと迫っていく。そのへんの急展開はうまいなあと思うし、ある意味ミステリみたいな、「その先」への期待感もある。
 演じる立場側からしても、一人の人物がこれだけ内面的振幅を見せる、あるいは実際にころころと性格が変わる、という役はそうあるものではない。やりがいのある、役者冥利に尽きる作品ではあると思う。

 次回の「芝居の会」が3月31日ということだから、それでもう3月も終わりである。
 いい加減作品を決めないと、本番までの稽古期間がどんどん短くなってしまうし、短くなればなるほど、選べる作品も限られてくる。
 今のところ有力なのは「君となら」とこの「出口なし」。
 
 どちらにしても、上演時間もセリフの量もそこにかかる労力も、去年の「オンタイム?!」なんかに比べるとはるかに多い。
 六月の本番当日まで、短い期間の中でどこまでやれるか。
 完全な立ち稽古までには、とりあえずセリフを全部入れる・・・と考えた場合、逆算すると、五月半ば過ぎぐらいにはそういう状態まで持って行きたいところだし、とすると、五月初め頃には荒立ち稽古を開始しなければならない。
 しかしまだこれから作品選び及び演出、キャスト、スタッフもろもろの決定だから、現実的な本読み稽古は二週間から、よくても三週間といったところか。

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 うーむ、なんか忙しいスケジュールだなあ。


March 21, 2005

春の気配

 ここのところ忙しくて、ほとんど土曜も日曜もなく毎日会社へ行っていたのだが、今日はとにかく半日で仕事を切り上げて、午後は嫁さんと庭の手入れをした。
 いつもの休日と同じように、嫁さんと二人で本屋でもぶらついて、スーパーで晩飯の食材でも買って、ほかには特に何もせず帰ってくる・・・というパターンでいいかと思っていたのだが、あまりにも暖かくていい天気だったので、ちょっと庭仕事でもしようという気分なった。
 
 近所の植木屋に行くと、すごくかわいいオールドローズがあったので、衝動買いする。1本2,500円で、白と、白にいくぶんクリームがかった上品なもの、2本を買い、その他肥料やら、キキョウの球根やら、いろいろ買う。しめて8,600円。
 こんなにいい天気じゃなかったら、そんな出費をする予定などなかったのだが。でもまあすごく良いバラだったから、良しとしよう。
 
 家に帰って買ったばかりのバラを植えつつ、芝生のあちこちに顔を出してきた雑草を半日かけてプチプチと抜いた。
 おかげでだいぶまともな芝生になった。
 
 あと一週間もすれば、本当に文句なく春が来る。
 今年はなんとか畑を作りたい。バーベキュー用の囲炉裏もレンガで作りたい。
 嫁さんは「大きなトマト」を作りたいと言う。
 大きなトマト。
 なんだかよくわからないけど、うまそうである。

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March 18, 2005

連載「ヒデ・芝居の会へ」(2)

 昨日は「芝居の会」へ。
 三月中には台本を決めたいということだが、まだとてもそんな段階ではない。
 昨日は出席メンバーも少なめだったが、とりあえずなにか本を読んでみようということで、キャラメル・ボックスの「銀河旋律」と、バーナード・スレイドの「セイムタイム・ネクスト イヤー」を読んだ。
 
 「セイムタイム・ネクスト イヤー」は、僕の演劇人生の中で、一度はやってみたいと思う野望の芝居である。
 登場人物は二人の男女だけで、どちらも家庭を持ちながら、「年に一度だけ、同じ日に、同じホテルで会う」という、七夕的不倫を題材にした物語である。それが5年ごと、全5場、25年間にわたって描かれる。
 
 不倫を題材にしながらも、このドラマには暗い罪悪感や湿っぽいところは何にもなく、基本的にコメディ・タッチで、笑いあり、涙あり、痛みありのハートフル(という表現もなんか古くさいけど)な力芝居である。
 とにかく文句なく面白いし、二人の関係やその思いにとても共感させられる。
 これを読むと、「浮気って、そんなに悪いものじゃないんじゃないか。結婚して伴侶や子供がいたって、誰か別の相手に恋をするのは、むしろ素敵なことなんじゃないか」と妙にしみじみと感心させられてしまう。
 僕の「結婚してからの浮気大賛成」の原点となる本である。
 
 でもまあこれはやはり、上演は難しい。
 二時間を軽く超えるこの芝居を、二人きりで持たせるというのは、単純に体力的な問題もあるし、なにより25年間の、その年齢の演じ分けというのが一番の難関である。
 それに出演者が二人だけでは、そのどちらもお客に気に入らなかった場合、その上演時間の長さというのは、お客にとってはまさしく苦痛以外の何物でもない。
 もう少し実力がついて、上演のための準備期間もたっぷりととれるなら、いつか挑戦してみたいとは思うのだが。

 「銀河旋律」の方はというと、センチメンタルでファンタジックで、ラブコメチックに過ぎるんじゃないか、とは思うものの、まあ、それなりには面白かった。確かに上演不可能ではないし、今の参加メンバーの状況を考えても、むしろ上演しやすい部類の作品だとは思う。
 
 しかしいかんせん、「どうしてもこれをやりたい」という決め手には、大きく欠ける。
 そして「今さらこれをやるか?」という気持ちが先に立ってくる。「何も今さらわざわざ・・・」という。
 まあ趣味の問題もあるけれど、僕的には、これはやはり、「キャラメル・ボックスの世界」なんじゃないかという気がする。
 確かに若い子たちにはそれなりに受けるのだろうが、もう少し「大人の芝居」がしたい、というのが、実際のところ本音である。
 
 というわけで、台本選びについてはとくに進展なし。
 候補として今のところ有力なのは、三●幸喜の「君となら」と、来週メンバーの一人が持ってくるという、やはり三谷●喜の「出口なし」である。
 あとはまあ・・・ニール・サイモンの「プラザ・スイート」あたりか。
 
 いずれにしても、3月中に台本決定というのはかなり厳しそうな雲行きである。
 しかしどうでもいいけど、また役者として舞台に立つというのが、なんだかこのところ少しおっくうになって来た。
 仕事も今、鬼のように忙しいことだし。

セイムタイム・ネクストイヤー
ニール・サイモン戯曲集(1)
銀河旋律;広くてすてきな宇宙じゃないか


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March 14, 2005

オペラ座の怪人(5)番外編 ジェニファー・エリソン

ジェニファー・エリソン01 メグ・ジリーこと、ジェニファー・エリソン。

 メグびいきなのは僕だけでなく、結構いろんな人たちに愛されているようですね。

 というわけで、今日は彼女の特集です。
 といっても、僕だってほとんど彼女のことなんて知らないし、ただ単純に、彼女の写真をしげしげと皆で眺めて、その顔や体つき、そこから醸し出される彼女独特の雰囲気を感じ取って、まあ楽しもうではありませんか、というだけの、ちょっとスケベ根性な企画です。むずかしいことは何ひとつ書きません。
 彼女ファンの方は、どうぞ、心ゆくまで眺めてください。

ジェニファー・エリソン03 どうですか?
オペラ座の時のメグとはまたぜんぜん違って、本当にかわいくて、魅力的です。
 
 それにしても彼女、映画の中ではあまりわかりませんでしたが、実はびっくりするぐらいダイナマイト・ボディです。素晴らしい。 
 ジェニファー・エリソン05
彼女に関して何か情報をご存じの方、いらっしゃいましたら、ぜひ教えてください。たとえば他に出ている映画とかなにか、なんでも結構です。


 関係ないけど、今日はホワイト・デー。
 僕も嫁さんに、クッキーと、それからちょっとしたものをプレゼントをしました。
 

 
ジェニファー・エリソン02ジェニファー・エリソン04







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March 13, 2005

オペラ座の怪人(4) 「THE POINT OF NO RETURN(ポイント・オブ・ノー・リターン)」歌詞 オリジナル・サウンドトラックから

050313オペラ座01 前回の「THE PHANTOM OF THE OPERA(オペラ座の怪人)」に引き続き、今日はいよいよ、この映画のサビとも言える名曲、「THE POINT OF NO RETURN(ポイント・オブ・ノー・リターン)」をご紹介します。

 今日はいろいろと私的な感想は後にして、まずは歌詞のその全文。
 しかし今まで紹介してきたものと比べると、これは長いな。



−−「THE POINT OF NO RETURN(ポイント・オブ・ノー・リターン)」−−
050313オペラ座06〈ドン・ファン(ファントム)〉
バッサリーノ あっちへ行け!
もう罠は仕掛けられ 獲物を待っている

〈ドン・ファン(ファントム)〉
君はやってきた
深い深い衝動に駆りたてられて
今まで沈黙を守ってきた望みを追い求めて
沈黙を守ってきた望みを

私は君をここに呼んだ
我々の情熱が一つに溶け合えるように
君の心はすでに 私の前に屈している
警戒心を捨てて 完全に屈服してしまっている
今 君は私と共にいる 思い直すことはできない
君は決心したのだから 決心を
もう引き返すことはできない
振り返ることもできない
今までしてきた戯れは 終わりだ
「もしや」や「いつ」と考える時は過ぎた
抵抗しても意味はない
考えるのをやめて 夢に身をまかせるのだ

どんな燃えさかる炎が 魂をおおうのだろう?
どんな濃厚な欲望が 扉の鍵を開けるのか?
どんな甘い誘惑が 我々の前に横たわるのか?

050313オペラ座05もう引き返すことはできない
これが最後の一線
言葉にできない秘密 どんな熱い秘密を
我々は学ぶのだろうか?
もう引き返すことはできない

〈アミンタ(クリスティーヌ)〉
あなたに呼ばれてここに来た
言葉が干上がり 会話が消えて
沈黙だけが残る この場所に
沈黙の地に

私はここに来た その理由もわからないままに
頭の中では もう想像しているわ
肌もあらわな私たちの体が
沈黙の中でからみあう様子を
今 私はあなたと共にいる 思い直すことはない
私は決心したのだから 決心を

もう引き返すことはできない
もう後戻りはできない
私たちの受難劇がついに始まった
善悪の判断はもうできない
残る疑問はただ一つ
二人が一つになるまでに どれくらい待てばいいの?
いつになったら 血が全身を駆けめぐり
眠っていたつぼみが 一気に花開くの?
炎がとうとう 私たちを焼き尽くすのはいつ?

050313オペラ座04050313オペラ座03〈二人〉
もう引き返すことはできない
これが最後の一線
もう橋は渡ってしまった
あとは橋が燃え落ちるのを見ていよう
私たちはもう 引き返すことはできない

〈ファントム〉
一つの愛を 一つの人生を
私と分かち合うと 言ってくれるね
この孤独から 私を導き 救い出してほしい
君と一緒に 君のかたわらに
いてほしいと 言ってくれるね
君がどこへ行こうと 私もついて行こう
クリスティーヌ 私の望みは ただそれだけ

〈カルロッタ〉
ああ、神様!ピアンジ!おお、私の愛しい人!

〈アンドレ〉
なんてことだ!

〈フィルマン〉
我々は終わりだ、アンドレ。もうだめだ!

〈ラウル〉
あいつは彼女をどこへ連れて行ったんだ?

〈マダム・ジリー〉
一緒にいらしてください。私が彼のところへお連れします。
でも、片手を目の高さに上げておくのを忘れないでください。

〈メグ〉
私も行くわ。

〈マダム・ジリー〉
だめよ、メグ!あなたはここに残りなさい。ムッシュ、一緒に来てください。
私が言ったとおりにして。

〈メグ〉
だめよ!
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 今回も、英詞が見たい方は以下のサイトから直接どうぞ。
 検索をかけてあるので、すぐに「THE POINT OF NO RETURN(ポイント・オブ・ノー・リターン)」が見れます。

 オリジナル・サウンドトラックの中に入っている解説本の中で、エミー・ロッサムはこの曲について、
「自分が歌う前は『エンジェル・オブ・ミュージック』や『オール・アイ・アスク・オブ・ユー』のように美しい曲が好きだったけど、次第に自分の中でも『ポイント・オブ・ノー・リターン』の存在が大きくなり、今では一番好きかもしれない。クリスティーヌが少女から大人の女性に変わっていく、それこそポイントになる曲だから」
と言っています。

 しかし初めて映画を見たときに、その恋の熱情のあまりの激しさ、巨大さに強烈に胸を刺し貫かれた僕としては、とても「少女から大人の女性に変わっていく」というような生易しいものではなかったです。
 ここにあるのは、そんな一般的なものではなく、人が一生に一度、経験できるか出来ないかというぐらいの、激烈で、ほとんど運命的な恋であり、狂気であり、捨て身の覚悟です。

 面白いのは、それまであくまで力で支配する側だったファントムと、そこにおそるおそる付き従っていたクリスティーヌ、その力関係のバランスがみるみる崩れ、激しく拮抗し、ある部分では完全に逆転までしているところで、その危うさ、心のもっとも柔らかな部分の揺らぎと接触、それが今まさに一つとなろうとする瞬間・・・
 

     もう引き返すことはできない
     これが最後の一線
     もう橋は渡ってしまった
     あとは橋が燃え落ちるのを見ていよう
     私たちはもう 引き返すことはできない

 うーむ、本当にしびれますね。
 僕らがこの曲に惹かれてやまないもの、その魅力とは、このような狂気の域にまで達する「恋という欲望への命がけの希求」に対する一種の憧れが、多分に含まれているのではないか、と僕は思います。
 
 それから曲自体の評価とはあまり関係ないけど、この曲の終盤、メグの「私も行くわ(Like this, monsieur. I'll come with you.)」が僕はすごくいいなあと思います。
 勇ましくてかっこいい。
 今までかわいいだけかと思ってた女の子が、こういう、意外に力強いしっかりした一面を見せたりすると、結構男はぐっと来ます。それでまあ、その後は惚れた者の弱みで、ちゃっかり尻に敷かれてしまったりする。
 そうじゃないですか?
 クリスティーヌもいいけど、メグも、僕としては結構ポイント高いです。
 このジェニファー・エリソン、別の雑誌のグラビアで見たら、はっとするぐらい、とても美しかった。

 次回は曲紹介シリーズの最後、
 ”「LEARN TO BE LONELY(ラーン・トゥ・ビー・ロンリー)」の意外な深さ”というタイトルで、投稿を予定しています。

−−−オペラ座関連−−−

オペラCD01おすすめ

 「オペラ座の怪人」オリジナル・サウンドトラック
 アマゾンのサイトで収録曲の視聴も出来ますよ。




 

マンハッタンの怪人マンハッタンの怪人 

十九世紀末、パリ。オペラ座の地下に潜み、闇の世界を支配する怪人はその醜い容姿ゆえに、それまで愛というものを知らなかった。オペラ座の歌姫に生涯ただ一度きりの恋をするまでは。だが、あの夜、悲劇的な運命の事件は起こってしまった…。そして十三年後。一通の手紙がニューヨークのある男の元に届く。巨万の富と絶大な権力を手にし、街を支配するこの男こそが、パリから消えた怪人だった。そしてこの手紙は、全ての者の運命の輪を、終幕へ向かってゆっくりとまわし始めた―。不朽の愛の名作『オペラ座の怪人』、ここに完結。



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The Phantom Of The Opera Companion (FILM...
 これは洋書らしいですが、原作者ガストン・ルルーの紹介、歴代の映画化された怪人、ミュージカルの舞台や、映画作りの舞台裏、映画のシナリオも載ってるようです。
写真集的に写真も多く、曲の英語歌詞も載ってるとか。
英語がそこそこ読める、または読めなくてもいいという強烈なオペラ座ファンにはおすすめ。

ファントム(上)ファントム〈上〉扶桑社ミステリー

19世紀、フランス。夫を亡くしたマドレーヌが失意の中で産んだ長男エリックは、この世のものとは思えない恐ろしい容貌をしていた。以来マドレーヌは我が子をどうしても愛することができず、仮面をかぶせて屋根裏に閉じ込める。やがてエリックのずば抜けた頭脳は顕著になり、幼くして建築学を極めるとともに音楽の方面でも類いまれな才能を発揮。だが八歳になったとき、自分がいると母にも危険がつきまとうと知ったエリックは、自ら家を飛び出した…。あまりにも有名な〈怪人〉の生涯を、生い立ちから書き起こす感動作。

ファントム(下)ファントム(下)
世界的な手品師として暮らした後、三十代半ばになったエリックは憧れのパリに乗り込み、オペラ座の新築工事を任されることになった。工事は十数年に及んだが、地上の生活に疲れた彼はオペラ座の地下深くに秘密のすみかを作り上げ、ようやく安住の地を得る。五十歳を前に体力も衰えると、〈オペラ座の怪人〉になることを思いつき、科学知識を駆使したトリックで人々を震え上がらせた。が、そんなエリックを、新人歌手クリスティーヌとの運命の出会いが待ち受けていた。オペラの歌詞に託して壮大なスケールで語る愛の物語。

〈去年買った僕のお気に入り。ipod。〉
 ここに「オペラ座」を入れて、聞いています。







〈ガストン・ルルーの原作本〉
各種翻訳が出ています。

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March 11, 2005

「羊を飼うことについて」

 以下は、僕が約七年ぐらい前に書いた文章です。
 書いてあることはまったくのフィクションで、これが単なる日記なのか、なにか小説や寓話の始まりのつもりなのか、詩のつもりなのか、エッセイのたぐいなのか、自分でもよくわかりません。

 ただ読み返してみると、当時の自分の疲弊や混乱、その時自分が恋をしていた相手のこと、などが手に取れるように思い出されて、妙に懐かしいです。
 まあ僕以外の人間には、ほとんどなんの関係もない文章なのですが。
 多少なりとも興味がある方はどうぞ。
 ささやかなカミング・アウトといったところでしょうか。
 
−−−−−−「羊を飼うことについて」 −−−−−−
 
 僕は羊を飼っている。とてもデリケートな羊だ。
 羊は、もこもことした、いくらか色褪せた白い毛皮を身にまとい、くるっと小さくひねった角を二本、まるでクリスマス・ツリーの飾りのようにちょこんと頭につけている。とくに何かの役に立つようなものではない。
 黒い顔の中には黒く潤んだ目が二つ、いつもどこか哀し気な表情を浮かべてまわりを見回す。

 傷つきやすく気分やで、感情の波が激しい。なにか嫌なことがあると、すぐに自分の小屋の中に潜り込んで、ひとりぼっちで、救いようもないようなひどい顔で、ふさぎ込む。ひどい時にはそのまま地べたにへたりこんで、泣き寝入りしてしまう。
 
 羊の頭の中はちょっとした事で混乱してしまう。混乱が羊の手に負えないくらい大きくなると、羊はもうどうしていいやらわからなくなってしまう。だから、そのまま眠ってしまう。そうすれば、とりあえずそれ以上傷つかないですむからだ。
 
 あまりかわいい羊だというわけでもない。
 最初はそれなりにかわいくも思ったけれど、―――そして時々はかわいいと思うこともないではないけれど、だいたいにおいて、もううっとおしいだけだ。毎日僕は餌をやるために羊のところへ行くのだが、しかしこれがまた、好き嫌いが多いのだ。しかも昨日喜んで食べたものを、今日は食べない。

 好き嫌いが多いというのは正確ではない。基本的に、羊はなんでも食べるのだ。ただ、その日食べたいものしか口にしない。要するに気分屋なのだ。
 僕だって、いい加減うんざりしている。二日か三日に一度はうんざりしている。
 「食べたくないならそれでいい、おまえみたいなわがままな羊はどこへでも行ってしまえ」と放っておいた事も何度かあるけれど、そうすると羊は、何日でも何も食べずに眠ったままになってしまう。羊におどしはきかないのだ。

 そのまましておけば、遠からず死んでしまうだろう。正直に言って、出ていくなり死んでしまうなり、もう自分の好きにしてくれよ、僕はもう君の面倒なんかみたくない、金輪際ごめんだよ、と毎日のようにちらと思う。
 でも出来ない。完全には無視できない。羊はこう見えて、僕の心を揺さぶるような同情の買い方が非常にうまいのだ。
 僕は仕方なく、根気よく羊に餌を与えることになる。そしてその事が、僕を余計に苛立たしい気持ちにさせる。
 
 羊はまた病気がちである。簡単に病気になる。しょっちゅう軽い病気になり、重い病気を定期的に抱え込む。
 一生治らないんじゃないかというような持病もいくつか持っている。見ていて痛々しいくらいのものだ。
 こういう言い方はひどいとは思うけれど、救いようがない。馬鹿なんじゃないかと思う。
 病気の原因はそのたびに少しずつ違うけれど、でもそれは普通なら、いくらでも予防したり、再発を防ぐことの出来るようなものなのだ。
 でも羊は不摂生だし、経験から学ぶということが出来ないので、前にかかったのと同じ病気を何度でも僕のところへ持ち込み、そして前と同じように、床の上をころころと転がり回って苦しんでいる。
 見ていられない。時には、そんな彼のせいで僕までが不必要に哀しくなってくる。
 そういう時には、本当にもう、出ていって欲しいものだと、つくづく思う。

 羊は例によって、今も病気である。これも以前何度もかかっている、わりと重い病気だ。
 羊は小屋の奥の隅の方にじっとうずくまり、今では僕の顔をほとんど見ない。
 医者に行けと言っても、面倒くさそうに小さく「メー」とうめくだけである。
 ご飯だよと言っても、食べるには食べるけれど、普段ほどたくさんは食べられない。
 時々、僕が呼びに行くのを忘れても、文句も言わない。むしろその方が羊にとっては有り難いくらいのものなのかもしれない。
 とにかく彼は今、なにか物を口にするような気分じゃないのだ。
 
 
 かわいそうな羊。僕は君のことが昔は好きだった。本当に好きだった。けれど今はわからない。
 どちらにしても、前ほどはもう好きじゃない。
 冷たい言い方かもしれないけど、そうさせたのは君の方だろう?
 君にはそれがわかってるのかな?
 
 でも。
 それでも君が病気のままでいるのはとても困る。
 君が僕をどう思っていようと、そして僕が君をどう思っていようと、やはり僕は君と共に生きて行くしかないんだ。
 君にだって、それはわかってるだろう?

 君はもう大人の羊なんだし、そんなに好きなことばかり言ってちゃいけない。
 いつまでも、凡庸な羊であることを拒み続けてみたって、仕方ないじゃないか?
 いいんだよ、凡庸で。羊は羊だ。幸せとは、そういうものだ。
 それがもし君にわかったら、きっと今よりも体が丈夫になる。友達もたくさん出来るし、年を取ることもそれほど恐くなる。
 素敵な恋人だって出来るかもしれない。
 
 
 僕の羊。
 病気の羊。
 羊はとてもわがままな動物である。
 飼うのにとても苦労する。
 彼らはとてもデリケートな生き物なのだ。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 以上です。
 古い文章だし、内容についてあれこれ言いません。
 こういう自分の古傷みたいなものを見せるのは、やはりはずかしいものですね。はずかしいので、あとで全文削除するかも知れません。

 その当時とくらべて、僕の羊がどのくらい人間的に(というか羊的に)成長したのだろうか?と、ふと考えることがあります。
 結局、それほど大きく成長してないんじゃないかと思うことのほうが、圧倒的に多いんですが。

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March 07, 2005

ハーブティ

ハーブティなんだか最近嫁さんがはまりだしたハーブティ。
写真はいろいろなハーブティのミックスだそうで、嫁さんオリジナル。
 試しに飲ませてもらったけど、まずかった。

なんでいきなりそんなものにはまるんだろうか?
よくわからないけど、たぶん健康にいいとかなんだろう。
 でもこれを飲むぐらいなら、コーヒーか、梅昆布茶でも飲んでいた方が僕はいい。
 薪ストーブの上で、鉄瓶でカンカンに沸かしたお湯で入れる梅昆布茶は、実に美味しいです。
ちょっとどこか雪国のおっちゃんぽいけど。

 考えてみたらそろそろホワイトデーである。
 いつ買い物に行こうかな?
 それよりも、何を買えばいいのだろうか。
 バレンタインの時焼き物のコーヒーカップもらったし、クッキーとかだけじゃなくて、何かちょっとしたセンスのいいものを買ってあげたいと思うのだが。

うーむ。

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March 06, 2005

オペラ座の怪人(3) 「THE PHANTOM OF THE OPERA」歌詞 オリジナル・サウンドトラックから

050306オペラ座01 前回の「THINK OF ME」の紹介からしばらくたったけれど、今回はオペラ座シリーズ第三弾として、「THE PHANTOM OF THE OPERA(オペラ座の怪人)」をピックアップしてみたいと思います。

 これは映画の冒頭でかかるテーマ曲「OVERTURE(オーヴァチェア)」と基本的には同じメロディーで、クリスティーヌが初めてファントムと出会い、二人でそのアジトへと小船にのって洞窟を抜けていくときの曲。


  
 歌詞の中で僕個人的にけっこう好きなのは、クリスティーヌが歌う「私はまた夢を見ているのかしら?(And do I dream again)」という部分で、妙に耳に心地よくて、いつもしびれてしまうんだけど・・・というのは僕だけだろうか?
 それから「私はあなたがかぶる仮面(I am the mask you wear)」というところは、その言葉に込められた意味について、つい「むむ」とあれこれ考えてしまう。
 でもなんといっても、一番いいのはやはり二人の声がハモルさびの部分ですね。
 
 一週間ぶりぐらいに聞いてみてしみじみ思ったのだが、この「THE PHANTOM OF THE OPERA」という曲に惹きつけられる一番の理由、魅力は、曲全体の底辺に流れている二人の道ならぬ恋、その官能性であるような気がします。
 ファントムという存在の恐ろしさと神秘性、そこに否応なく引き込まれていくクリスティーヌ。
 見てはいけないもの、しかし見ずにはいられない、という心理と、ファントムによって暗黒の地の底へといざなわれていく二人。
 そのあたりが、クリスティーヌがファントムに対して抱いていくことになる”女”としての恋の萌芽と絶妙にだぶって、本当に、ぞくっとするような色気のある曲に仕上がっています。
というわけで、

−−−「THE PHANTOM OF THE OPERA(オペラ座の怪人)」−−−

(クリスティーヌ)
眠っている私に 彼は歌ってくれた
夢の中に 彼は現れた
私に呼びかけ 私の名前を呼ぶあの声・・・・・
私はまた夢を見ているのかしら?
今はわかるの
オペラ座の怪人がいるのは 私の心の中だと
(ファントム)
もう一度 私と歌おう 不思議なデュエットを
おまえを支配する私の力は
ますます強大になるのだ
おまえが頭を背けて 後ろを振り返っても
オペラ座の怪人は そこにいる
おまえの心の中に

(クリスティーヌ)
あなたの顔を見た人は おびえて あとずさる
私は あなたがかぶる仮面
(ファントム)
彼らが聞いているのは 私の声
(二人)
おまえの(私の)魂と
私の(あなたの)声は 一つに結ばれている
オペラ座の怪人は そこにいる
おまえの(私の)心の中に

(コーラス)
彼はそこにいる オペラ座の怪人

(クリスティーヌ)
彼はそこにいる オペラ座の怪人

(ファントム)
私のために歌え! 歌え、私の音楽の天使。歌え、
私の天使。
私のために歌え!歌え、私の天使! 歌え、私のために!
050306オペラ座02
 そういえば前に、「ファントムはただのストーカーのおっさんじゃないか?」とどこかのブログで書いていた人がいたけど、
そう言われてみるとまあ確かにそうですね。なにせ一方的で強引だし、相手がなんと言おうとあきらめないし、これでクリスティーヌが激しく嫌がろうものなら、確かにただのストーカー犯罪映画ですね。これは別の意味で恐ろしい。
でも考えてみると、世の中そういう紙一重のことって、結構多いような気がします。
映画に限らず。
 
 次回、オペラ座シリーズ第四弾(いつとは言えませんが)は、いよいよ「THE POINT OF NO RETURN(ポイント・オブ・ノーリターン)」
をご紹介したいと思います。
 
☆ちなみに以下のURLから、この「THE PHANTOM OF THE OPERA」の英語歌詞に直接アクセスできます。

 トラックバックして頂いた、ブログ「鍼灸師のツボ日記」クリ助さんのサイトで、僕も知りました。
 曲名を入力して検索をかければ、さまざまな曲の歌詞がわかる便利サイトです。
 クリ助さん、ありがとうございました。
−−−「オペラ座の怪人」関連−−−

オペラCD01おすすめ
 「オペラ座の怪人」オリジナル・サウンドトラック


オペラ座の怪人パーフェクトガイド
 写真多数。1時間20分のDVD付です。キャストインタビューや、スタッフインタビュー、映画完成までの16年にわたる舞台裏などが紹介されています。僕も持ってるけど、結構内容盛りだくさんなわりにお買い得。

The Phantom Of The Opera Companion (FILM...
 これは洋書らしいですが、原作者ガストン・ルルーの紹介、歴代の映画化された怪人、ミュージカルの舞台や、映画作りの舞台裏、映画のシナリオも載ってるようです。
写真集的に写真も多く、曲の英語歌詞も載ってるとか。
英語がそこそこ読める、または読めなくてもいいという強烈なオペラ座ファンにはおすすめ。

ファントム〈上〉扶桑社ミステリー

 彼がこの世のものとは思えない恐ろしい容貌で生を受け、母親に愛されず、仮面をかぶせられて屋根裏に閉じ込められていた幼少時代。
その後さまざまな才能を開花させつつ、数奇な運命をたどり、クリスティーヌと出会うまでを描いた感動作。

オペラ座の怪人角川文庫



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March 05, 2005

人は結婚しなくても本当に幸せになれるのか?

 書こう書こうと思いながらずっと先延ばしになっていたのだが、今日のテーマは恋愛・結婚シリーズ第六弾。
「人は結婚しなくても本当に幸せになれるのか?」
 以下、思うことをつらつらと書いてみます。
 
 
                       
 先月下旬の読売新聞の一面に、「結婚しなくても幸せ73%」という記事が掲載されていた。
 結婚しなくても一人で幸福、と思う未婚女性が7割超に上っているということである。
 記事によれば、独身女性の間で未婚を”引け目”ととらえない傾向が強まっており、同じ質問に対して未婚男性は67%ということで、女性の方が”独身願望”がやや強い、らしい。
 女性の回答を年代別に見ると、二十歳代では74%、三十歳代では66%、四十歳代では58%、ということで、若い世代ほど”非婚派”が多い。

 結婚しない、あるいは子供をつくらない、という道を選ぶ女性や男性がいても構わないとは思う。
 人それぞれ自分のスタイルというものがあるし、何かそういう結論に達さざるを得なかった特別な事情、深い理由のある人だっているだろうと思う。結婚したくても機会がない、子供が欲しくても出来ないという人だって世の中にはたくさんいる。
 しかし今回の「結婚しなくても幸せになれると思うか」というアンケートに対して、70%(あるいは男性の67%)という数字の高さはちょっと異常である。その人たちがもし本当にそう考えているとしたら、この国はやはり終わるしかない。
 
 さらに記事によれば、「晩婚化」や「小子化」が進んだことが大きな社会問題と思うかという問いに対しては、女性のうち58%が「そう思う」という回答で、「そうは思わない」の40%を上回ったということだ。
 
 要するに、分裂しているのだと思う。
 結婚しなくても幸せになれると言いながら、一方では「結婚しない」「子供を作らない」ことを大きな社会問題と認識している。自分の中の、本質的な価値観が一致していない。
 
 何を「幸せ」と考えるかという、根本的な大きな問題がそこにあることは確かである。
 「幸せ」というものをどう捉えるかは人によって違うし、どれだけ意見を交わしても、それは解決のつかない抽象論にしかならない。
 しかしどれほど自分の好きなように生きてみても、自分の身勝手な価値観だけしか信じられない人間、ただ刹那的に、単純な利便性や損得だけでしか生きられない人間が、本当にいつか幸せになれるとは思えない。
 心の底から静かに湧き上がるような、穏やかで、充実した幸福感を味わえる日が来るとは、僕には思えない。
 
 この70%の女性、あるいは男性の多くは、心のどこかで、自分が生まれてきたこと、あるいは自分の人生を、根本においては憎んでいるのではないかと思う。
 たとえ国が滅びても、自分たちの生を引継ぎ伝え渡す子孫が誰一人いなくても構わない、とにかく自由に好きなことをやって生きていければそれで幸せ、という考え方をもし本気でするとしたら、やはりそれは、生きることそのものを憎む行為だと思う。意識しているにせよいないにせよ、人間の”生”そのものを、心のどこかで根本的に否定しているのだと思う。
 
 そうなるにはそうなるなりの事情というのがそれぞれあると思う。
 生きることを憎まざるを得ない理由は、常に存在するからだ。誰でも、多かれ少なかれ自分自身の分裂に苦しみ、傷つきながら生きている。
 しかし自分一人のためだけに生きるとしたら、結局のところ生きることとは、しょせん負試合にしかならない。
 何をどれだけ好きにやろうと、何かを積み重ねようと、人はいつか死ぬのだし、昔から言い古されているとおり、人は、一人では生きていけないからだ。
 伝えるべき人、分かつべき人がいなければ、あらゆる文学も、芸術も、日々の仕事の中から生み出されるあらゆる成果も、すべての価値と意味を失ってしまう。
 
 最近僕が感じるのは、「自分の価値観や信念を貫く」ことが、生きる上でもっとも重要なことというわけではないのではないかという事だ。
 僕らはより大きなもののほんの一部に過ぎない。
 そして人が何を信じようと信じまいと、そこには逆らうことの出来ない一定の法則や原理、摂理がある。
 そのような自然の本質に逆らって生きることや信念を貫くことなど誰にも出来ないし、「結婚もしないし子供もつくらない」という人生スタイルを恣意的に選ぶことで、人が本当に幸せになることなどないと、僕は思う。
 
 結婚してからの浮気はOKと自信を持って豪語する僕が、そしてまだ子供のいない僕が、こんな偉そうなことを言うのもなんだけど、とにかく僕は、そう思います。
 
 
 ご意見、ご感想、批判等、お待ちしております。

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March 04, 2005

ヒデ、「芝居の会」へ

 こじらすかと思われた風邪も、10時間の睡眠とビールと風邪薬でなんとかやりすごし、昨日は仕事のあと「芝居の会」へ行ってきた。メンバーに会うのは、去年の夏の「オンタイム?!」以来、約半年ぶりである。
 
 まだ台本が決まっていないということで、僕も台本選びの本読みに参加した。
 昨日読んだのはニール・サイモンで、『プラザ・スイート』の中の「フォレスト・ヒルズの客」という作品。
 わりと短めのもので、上演時間にして、一時間弱ぐらい。話としては、なかなか面白かった。ユーモアのセンスが、まさしくニール・サイモンという感じである。達者な人がやれば、結構うけるいい舞台になるかも知れない。そうでない場合は−−「・・・で?」という感じか。
 テーマの重い下手な社会劇なんかより、よっぽど役者の技量が問わるのは間違いない。
 キャスティングにほとんどすべてがかかっているといっても過言ではない作品である。
 
 久しぶりに台本を読むときというのは、やはり結構緊張する。
 一緒にやっている人たちからは、そんな風には見えないと言われるかも知れないけれど、まったく知らない物語や人物に初めて入っていく時というのは−−そしてそれを声に出して読むというのは、わくわくする高揚感と、ちょっと胃のあたりが気持ち悪くなるぐらいの緊張がある。
 いやほんと。
 まあ、いったん読み始めてしまえば、そんなのはすぐにどこかへ飛んでしまって、ただ単純に楽しんでしまうのだが。
 
 しかし今さらながら、一本の芝居を上演にこぎつけるということは大変である。
 いろいろな本を読んでわあわあ言っている時は楽しいけれど、いざ台本が決まって、上演にかかわるあらゆる準備をこれからしていかなければならないかと思うと、「むむ」という感じで、つい尻込みしそうになる。
 当たり前だけど、芝居作りには時間もかかるし、時には精神的にも肉体的にもぼろぼろになる。大変な作業だ。
 仕事やら家庭やら、いろいろなものをある程度犠牲にしなくちゃならないのはもちろんだし、仲のいい友人と意見の違いで喧嘩したり、人の愚痴やら悪口やらを「ふむふむ」と聞いたり言ったり、時にはいきなり目の前で泣き出されたりすることもある。
 今までなんとかやってきて、芝居も無事成功して、打ち上げの時にいきなりつかみかかられたり、泣きながら自分の思いやらうらみつらみを訴えられることもある。劇団内で発生した切実な恋の悩みを相談されたり、あるいは自分が二重三重の三角関係に巻き込まれたりもする。
 まあ、そういう高密度で過剰な人生の縮図みたいなものが、演劇やってる面白さの一つでもあるわけだが。
 そういうのって、普通に社会人やってるとなかなかない。
 
 それでも昔自分で企画してやってた時なんかのことを今思うと、いやいやよくやれたよなあと我ながら感心する。
 そういうエネルギーを自分が持っていたのだということに対してである。
 とにかくそこに全力投球することが出来たし、疲れることなんて屁でもなかった。
 むしろ一本の演劇を仕上げるために、とことんまで疲れ果てたいと思っていたし、その結果どんなものが出来上がるのか、どこに辿り着くことが出来るのか、そういうのが自分にとっての大きなモティベーションになっていた。企画した作品をとことん愛していたことも事実だけれど、それにしても。
 
 あのような情熱が、僕の中にはまだ残っているのだろうか?と考えることがある。
 そういうなりふり構わず一つのことに没頭するということが、良いか悪いかは別として。
 でもそんな風に一つの舞台に取り組んで、可能な限りぎりぎりまで自分を追い込んで、もう一度芝居をやれたら面白いだろうなあと、今でも時々思います。

追記
 久しぶりにブログを書いた気がする。
 最近仕事が忙しすぎたり体調が悪かったりで、なかなか書く気にならなかった。
 もうちょっとちゃんと継続的に書いていきたいものだ。

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March 01, 2005

インフルエンザの気配

 僕の会社では今インフルエンザが猛威をふるっている。先週あたりから何人もバタバタ休んでいる。
 会社だけでなく、世の中全体でけっこう流行っているようだ。
 
 ずっと平気だった僕も、いつもすぐそばで仕事をしている若専務がついにインフルエンザにかかったおかげで、今日の午後あたりからなにげに体がだるい。
 ちょっとやばそうな気配である。伝染(うつ)されてしまったような予感がひたひたと、頭の奥のドアをノックしている。
 ここのところ仕事も激務が続いているし、体を壊さないうちに、ちょっとゆっくり休養出来ればいいのだが。
 しかし年度末だし、なかなかそうも言っていられない。
 
 ブログでいろいろと書きたいこともあるのだが、とりあえず今日は早く寝ます。
 「人は結婚しなくても本当に幸せになれるのか?」はまた後日。
 出来ればまあ、明日にでも。
 しかし我ながら、よく働いた一日であった。


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