February 2005

February 27, 2005

日向君とオフ会、昔はじめて付き合った女の子のこと、「ドブねずみたちの挽歌」

キムチ鍋 昨日は「日向と日陰」ブログの日向君が地元に帰った来たので、我が家で晩飯がてら一緒に飲んだ。
写っているのはキムチ鍋と、日向君の手です。

 彼は仕事の都合で去年の冬頃から千葉へ引っ越したのだが、いろいろと苦労しているようだ。
 千葉に勤務して間もないのに、あっちへ転勤してくれ、こっちへ転勤してくれと二度も言われたとか。それが四日市とか盛岡だから、聞いただけで大変そうですね。

 キムチ鍋はうまかった。うちはこれが好きなので、冬の間四回か五回ぐらいはやります。あと焼き鳥とイカの刺身もうまかった。
 愛猫マキにチーズを少しわけてあげたらおいしいと言って一所懸命食べていた。マキの大好物はチーズと、焼き魚の「いわな」である。

  そう言えば今日、去年参加した芝居「オンタイム?!」のカコから、来週あたりちょっと来てよとメールがあった。
 6月の公演に向けて活動再開したらしい。
 カコとは15歳からの腐れ縁だから、気づいてみたらもう人生の半分以上は関わりあっていることになる。

 彼女は16の時、僕が生まれて始めて付き合った(むこうにとっても)女の子だ。
 その時は結局3ヶ月ぐらいで別れてしまったのだが、今でもいい友達である。
 17年間の付き合いの中で、それぞれの人生の転機らしきものや、いろいろと大変な目に合っているところなんかも見てきたし、時には男女関のトラブルのようなものについても、話を聞いたり、相談したりしたこともあった。
 今ではお互いの性格や考え方というのはだいたいわかっているし、いつもだいたい会うと憎まれ口しかきかないのだが、根本的な部分ではお互い信用しているのだと思う。

 ここ何年か、カコが電話をかけてくる時、あるいはメールしてくる時というのはだいたい「また芝居やらない?」という内容で、そういう時の口調は妙に控えめだったり、しおらしかったりして面白い。
 考えてみると二十四の時、はじめて地元の公演「夏の夜の夢」に”ライサンダー”として出演したのもカコからの誘いだった。
 カコが芝居を続けていなかったら、誰かに誘われてまた芝居をやるということもなかっただろうし、そうしたら今の嫁さんとも知り合っていなかったわけだ。
 そう考えると人の縁というのは、なんだかとても不思議なものである。

「ドブねずみ」ポスター  「オンタイム?!」の本番前日、僕が作ったポスター、ネット初公開。
 といっても、「オンタイム?!」の劇中劇用のポスターなんだけど。
 なんだかついこの間のことのような、ずいぶん前のことのような。

写っているのは僕と、カコです。

 というわけで、みどりさん、3月3日ひな祭り、稽古場へ参上します。
 とりあえず見学に。

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February 25, 2005

細木数子さんと、男の浮気について

少し前に、嫁さんと”男の浮気”について話をした。 なぜ急にそんなきわどい話題になったかというと、ちょうど晩飯を食べながら見ていたテレビで細木数子さんが「浮気も出来ないような男と結婚なんかするんじゃない」と豪語していたからである。 二週間ぐらい前。見た人も結構多いんじゃないかな?   番組参加者のある女性が、「でも(浮気)しなければしないに越したことないんじゃないですか?うちのだんなはしませんよ」と言うと、「馬鹿だねアンタ。甘い考えはよしなさい。それはあんたの業の深さであって、自己満足。そんなこと言ってるようじゃ、あんた絶対に離婚するよ。だいたい男にとって、浮気なんてのはスポーツみたいなもんなの。男に浮気すんなったって、そりゃ無理でしょーが」「いいじゃないの、浮気なんだから。本気じゃないのよ」 というような事を言っていた。  細木数子さんのことが「面白くて、ためになって、好きだ」という人もいれば、「性に合わない。なんだい偉そうに。ああいう人は嫌いだ」という人もたくさんいることだろう。 でも僕とうちの奥さんは、わりと細木数子さんは好きである。 彼女の言い分はまあわかるし、自分の意見と合致することもけっこう多いので、嫌う理由も特に見当たらないのである。  さて、この”男の浮気”について僕の感想を言うと、細木さんの言うとおり、「浮気ぐらいどうってことないんじゃないか」と僕も思う。 世の中いろんな人がいるんだし、自分の嫁さんが大事には違いないけど、別の女性に魅力を感じることだってたくさんある。 それでちょっとお互いに気が合ってデートするとか、あるいは一緒にホテルへ行っちゃったとしても、そんなのどうってことないんじゃないだろうか? だってそれはただそれだけのことなのだ。 素敵な人がいて、ああいいな、と思って、知らないうちに恋してしまう。それはすごく自然なことだ。 よく言うように、好きになろうと思って好きになれるものじゃないかわりに、好きになりたくなくても、好きになってしまう時はなってしまう。  一般的に問題にされるのは、たとえそういう感情を持っても、実際本当に「浮気」という行動に移るかどうか、移すべきか移すべきでないかという点である。ここがもっとも賛否両論あるところだろうけど、自分の家庭(嫁や子供)に迷惑をかけない限り、OKなんじゃないかと僕は思う。 嫁さんも子供もちゃんと大切にするお父さんが、たまによそで浮気をしてきたからといって、いったいどうだというのだろう?ちゃんと愛され、大切にされているとしたら、それ以上何を求めることがあるというんだろう? もっとひどい男はほかにいくらでもいるのである。続きを読む

February 24, 2005

イメチェン

 仕方がないのでデザインを変更してみた。 まあたまにはイメージチェンジもいいもんですね。  しかしこの女の人と僕のブログの内容の異常なアンバランスが、とてもおかしい。  別に気に入ってるわけじゃないけど。

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なんでかなあ

うーん、ブログのサイドバーが妙に下の方に行ってしまった。
特になんにもしてないのに。
気に入らないけど、夜も遅いし、いろいろと考えるのはまたにしよう。
 
しかしライブドアのブログって、いろいろとトラブルが多いですよね。
混雑しててまったくアクセスできないことも多いし。
アクセス解析のトラブルもあるし。
 
ライブドア以外のブログでも、そういうことって結構あるのかな?
いいとこあったら別のとこに乗り換えようかな。

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February 23, 2005

ヒデ、新入社員を叱る

三日前に、27歳の男の子が、総務部の僕の直属の部下として入った。
 僕よりも5つ年下。
 友達のみどりさんやコタと1つ違いぐらい。
 
 僕は今までほとんど「部下」というものを持ったことがなかったのだが、誰かに何かを教えるということ、誰かの上司になるということが、こんなに疲れるものだとは思わなかった。
 それにそういう一般論的な疲労に加えて、今日入った子は、これがまた特別難しい子なのだ。
 
 僕だってさんざん好き放題、我が儘放題やってきたし、今だってそうなんだけど、彼はおそろしく実直で真面目なわりに、何か根本的な部分でズレてるというか、社会生活に適応できていないというか、僕から見てもちょっと信じられないぐらい、なにか致命的に常識に欠けている部分がある。ただひたすら心がまっすぐという点はあるいは彼の美点かも知れないが、
臨機応変とか、融通とか、そういうものがまったくきかない。
 見ていると、「おまえは海兵隊かグリーンベレーか」というぐらいである。
 まったく、最近の若いのは・・・とつい言いたくなってしまう。
 僕なんか本当にいい加減で、適当で、融通だらけなのに。
 
 それで入社三日目の今日、あることがあって、僕は彼をしこたま叱り飛ばしてしまった。
 僕はふだんそれほど怒るほうではない。怒ったとしても、それを面と向かってあらわしたりするタイプではない。
 多少頭に来ることがあっても、出来るだけ穏便にすませようとするし、もしどうしても我慢できないほど腹が立った場合は、以後その人間とは出来るだけ関わらないようにする。まあお互いに価値観も何もかも違うことだし、喧嘩してみたところでそれがどこかで交わるわけでもないだろうし、もめるだけ、口論するだけ、ただのお互いの消耗じゃないか、と思う。
 しかし今日は会社に入って約10年ぐらいのうち、もっとも誰かを叱り飛ばした日であった。
 自分でもちょっとびっくりするぐらい。まさに堪忍袋の緒が切れた、という感じだった。
 細かいことは書かないけれど、その男の子を「ちょっと来い」と言って体育館の裏へ(たとえです)
呼び出して、「てめえ、何考えてんだ、とぼけんじゃねえぞ、こら」「おまえ入社して三日目で何様だと思ってんだ。
いいか、俺が黒と言ったら白いものだって黒なんだ。会社とはそういうとこだ。わかったか、こら」「いまのおまえの態度じゃ、この先一緒に仕事なんか出来ないぞ」
・・・と、いやあ、とにかく怒った怒った。
 こういう風に書くとなんだかとても、ただのガラの悪いお兄さんみたいだけど、僕にだって、それはやむにやまれぬ理由、事情があったのです。

 しかしおかしなもので、思わぬ僕の怒りに触れ、数分間にわたりグサグサと精神的欠点、弱みをえぐられた彼は、それで妙に感服してしまったらしく、三十分ぐらい後で「先輩、さっきはすいませんでした」
「先輩、これやっときましょうか」としおらしく、腰低く近寄ってきた。
 それもなんだか気持ちが悪いけど。
「ヒデさん、どうしたら僕はみんなとうまくやれるんでしょうか。何がいけないんでしょうか。教えてください」
「・・・・・・」

 ・・・というわけで、なんだかこの三日間、本当に疲れ気味です。


February 21, 2005

「ハウルの動く城」

 昨日、遅ればせながら「ハウルの動く城」を嫁さんと見に行ってきた。
 感想は・・・・うーん、どうなんだろう。
 単純に「ああ面白かった」とも言えないし、だからといって駄作だったというわけでもない。
 なんだか本当になんと言っていいやら、自分の中でうまく整理がつかない感じである。
 いろんな人の感想を聞いてみたいものだ。
 「すごく良かった。面白かった」という人だってたくさんいるんだろうけれど、今回は「よくわからなかった」という人がけっこう多かったのではないかと思う。

 もちろん、「やっぱり宮崎駿はすごいなあ」と思える瞬間もたくさんあるし、「こういうの描かせたら本当にうまいよなあ」という場面や物語の展開、その独特の世界観、演出もたくさんある。
 でも見終わったあと、「で?」とつい言いたくなってしまう。
 
 「あそこはどうしてああなんだろう」とか、「あれはどういう意味だったんだろう」とか、そういうことは僕はそれほど気にならなかった。やっていることの意味はわかったし、多少つじつまの合わないところ、理解に苦しむようなところも、別にそれはフィクションなんだから、アニメなんだから、まあいいじゃないかと思う。そんなに突っ込んで考えない。
 どれほど矛盾があろうがなかろうが、面白ければそれでよしとしてしまう。
 ただ、「これがこの映画のテーマだったのかな」「言いたいことだったのかな」というポイントはもちろんあるのだが、いかんせん、やはりちょっと消化不良気味だったんじゃないかという気がする。
 その消化不良のキーワードは、「戦争」だと思うんですけどね。
 
 「宮崎作品は奥が深いから」というファンの意見もありそうだし、まあわからなくはないけれど、「奥が深い」と感じさせつつ、「実は誰にでもとてもよくわかって」「なにはともあれ面白い」というのが本当によく出来たいいエンターテイメント作品だと僕は思うんだけど、どうなんでしょうね?
 そんなに苦労してその「奥の深さ」をわざわざ垣間見ようとしなくても、ほかに同じようなテーマを扱っているいい作品はもっと他にあるような気がしてしまうんですよね。
 僕個人的には、「ああ面白かった」とはやはり言えないし、ちょっと描こうとしている世界が壮大すぎて、うまく描ききれていなかったんじゃないかという気がします。
 
 僕も昔から宮崎駿のファンなんですが、今回は本当にいろいろと賛否両論ありそうな作品ですね。

 もし見た方は、ぜひ感想を聞かせて下さい。

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February 20, 2005

たぬ公あらわる

昼ごろ、部屋でパソコンに向かっていたら、嫁さんが「ちょっとちょっと」と呼ぶ。
 「なんだい」と聞いても、「いいから早く」としか言わない。

 行ってみると、我が家の庭に”たぬき”がいた。
 どおりで、さっきからうちの愛犬フラニーが吠えていたわけだ。

たぬ公01 うちの近所には、たぬきも出るしきつねもよく出る。春先になると、すぐ近くをキジがケンケン言いながらのんびりと歩く。
 もちろん猿もいるし、シマリスもいる。猫は・・・うちのマキ以外はめったに見ない。

 でもこんなに真近で、のんびりと何かを食べるたぬきを見たのは初めてだったので、記念にと思ってそうっと写真を撮ってみた。
 たぬきはこっちの気配にはまったく気づいていない様子である。
 マキも窓枠のところに上り、じーっと息をひそめて、写真を撮る僕の顔のすぐ横で、たぬきの挙動を見守っていた。
 
 見たところ、まだ子だぬきのようだ。
 大きさから言って、たぶん去年の秋ぐらいに生まれたのだろう。
 我が家の庭先をほじくり返して何かを一所懸命食べている。
 そんなところに食べるものなんてあるのかな?と思って嫁さんに聞いてみたら、生ごみ処理機で処理しおわった後のゴミをそこに捨てたということである。

 子供ながらに苦労してるんだなあとちょっとあわれに思ったので、冷蔵庫からシャウエッセン・ウィンナーを持って来た。
 驚かさないように注意しながら玄関を出て、たぬきのすぐそばにウィンナーを放ってやる。

たぬ公02たぬきはこちらに気づいたが、特に逃げようともしなかった。僕の顔を見て、のっそりのっそり山の方へと歩きはじめる。
 でもウィンナーにはいっこうに気づかない。

 僕は「たぬ公、おい」と呼びかけながら、その後をついていった。
 僕が少し足を速めると、向こうも少し足を速める。
 せっかく、ひもじいたぬきにちょっとでもマシなものを食べさせてやろうとしているのに。
 なんで人の親切がわからないのか?

 狸はまったく後ろを振り返ろうとしないので、僕はウィンナーを狸の鼻のほんの少し先に落とすように投げてやった。
 ようやく気づいて、ウィンナーを口にくわえたたぬきは、いきなり一目散に山へ向かって走っていった。

 そんなに急いでウィンナーを持って逃げなくたって、おとなしくしていればもう一本あげたのに。
 もう少し人を信用することを覚えれば、もう少し心をリラックスさせさえすれば、君はもっとずっと楽に生きられるはずなんだ。

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February 19, 2005

「オペラ座の怪人」(2)CDを買う。「Think of Me」

オペラCD03 ついに「オペラ座の怪人」のサウンドトラックを買った。
 今日は会社が休みだったので、パソコンに向かいながら、午後はずっとエンドレスで聞いていた。

 僕は何かのサントラ、あるいは誰かのCDをたまに買っても、「確かに聞きたかったけど、まあ買うほどのことはなかったんじゃないか」という思いをすることがわりと多いのだが、これは本当に、買って良かったと思う。

 ジャーン、ジャジャジャジャジャーン、というあのパイプオルガンで始まる前奏、そして途中からドラムの音が鳴り響くと、映画を見た時の感動がまざまざとよみがえってきた。
 シャンデリアがオペラ座に落ち、すでに風化した過去の事物が次々と鮮やかな色を持つ瞬間。
 曲に合わせて歌詞カードを目で追っていくと、なんだかもう一度映画を見ているような感じで、印象深いシーンが次々と目に浮かんでくる。
 映画を見たときには、ついさらっと聞き流してしまったところ、あるいはついていけなかったところなんかも、「ああ、こんなことを言ってたのか」という感じで、あらためて感動できた。

 特に「ポイント・オブ・ノーリターン」なんかは、鳥肌が立って一瞬寒気がするぐらいだった。そのぐらい、この恋は強烈で、激しくて、ある意味恐ろしい。歌詞を読めば読むほど、恐ろしい。
 そこには相手を殺しかねないぐらいの切羽詰った熱情、真剣さがある。
 恋愛において、これほどまでに相手を求めるというのは、なかなかあるものではない。

オペラCD02 その迫力は、見る者の心に直接、鋭く切り込んでくる力があって、こっちまで危うく心のバランスを崩しそうなほど、ドキドキさせられる。
 そして映画を見たときに感じたクリスティーヌの圧倒的なまでの妖艶さ、その危ういまでの色気、官能性の意味が、僕は少しだけわかったような気がした。
 あれはクリスティーヌが、生まれて初めて、全身全霊を込めて一人の男を愛した瞬間であり、そこにあるのは、いいも悪いもなく、捨て身とも言えるほどの激しい恋の狂気である。
 今まで少女でしかなかったクリスティーヌの、”女”への豹変ぶり。

 気の毒だが、それはラウルには示されなかった。
 それはファントムに対してのみ向けられた愛であり、おそらくその後も、二度とクリスティーヌが抱くことのなかった種類の感情なのではないだろうか?
 だからこそ、老いたラウルはああして、オペラ座の廃墟を見つめ続けなくてはならなかった。


 この「オペラ座・・・」の中で僕がもっとも好きかも知れない曲、
 「Think of me」の歌詞を、ここで少しご紹介します。
 劇団のスター、カルロッタが役を降りると言った時、はじめてクリスティーヌが歌う曲。
 映画を見たときにも思ったんだけど、本当に美しくも哀しい、いい曲ですね。
 「私を忘れないで」というただそれだけのなんでもない言葉が、何よりも切なく、哀惜の情と共に胸にせまることがある。そういう曲です。
 かつて純粋だった自分、その当時の恋人や、想い、失ったもの、自分は若かったんだということ、そういうもろもろが、曲を聴いていると、つい連想され、溢れてきます。
 実際にお聞かせできないのがとても残念ですが。

  「Think of me」

  私を思い出して
  さようならを言った日の 私をやさしく思い出して
  時々でいいから 思い出してほしいの
  お願い そうすると約束して

  いつか あなたがもう一度 心を取り戻して
  自由への憧れに気づいたら
  もしも そんなときがあったなら
  私のことを想ってほしい

  私たちは一度も口にしなかったわね
  私たちの愛が枯れることもなく
  海のように変わらないものだとは
  でも 今でも覚えていてくれるなら
  立ち止まって 私のことを想ってほしい

  二人で分かち合ったもの
  一緒に見たものを 思い出して
  悔やんだりしないで ああすればよかったなどと・・・


 機会があったら、ぜひ一度じっくりと聞いてみて下さい。

 それと、ファントムの歌声って、本当に深みと味のある、素敵な声ですね。
なんだかわからないけれど、男でも惚れ惚れしてしまうような、ぐっとくるものがあります。

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オペラCD01
おすすめ
 「オペラ座の怪人」オリジナル・サウンドトラック



February 17, 2005

ダウン

この間引いた風邪が、どうやら治っていなかったようだ。 
 朝から一日中、頭が痛い。
 ゆうべ一人でがぶがぶ酒を飲んだせいかと思ったが(そういう気分だったのだ)、午後になっても痛みがおさまらないので、どうもそうじゃないらしいことに気づく。
 
 三時ぐらいから、異様な寒気。その後薬を飲んだせいで、今も頭が不自然にぼんやりしている。
 痛みだけが強制的に封じ込められ、こめかみの上あたりが過度の集中の後みたいに奇妙に火照り、体の各パーツが、自分のものであるような、ないような。
 分裂感。浮遊感。
 なにかにじっと視線を集中させることが出来ない。
 
 
 ・・・こんなことだらだらと解説している場合ではない。寝よう。


February 16, 2005

アーサー・ミラー氏を偲んで・・・第3夜 「セールスマンの死」(2)

「偉大なドラマは偉大な疑問であり、さもなければただの技巧でしかない」
                〜「アーサー・ミラー自伝(上)」より

 (前回までのあらすじの続きです)

 青年だった頃のビフやハッピーに、ウィリーはよく自分の人生哲学を聞かせた。
 
 ウィリーの脳裏に、十数年前の幸せだった日々がよみがえってくる。
 ビフもハッピーも高校生で、ビフはフットボールの選手だった。
 
 「いいか、実社会ではな、個性的で魅力のある男が勝つんだ。愛想良くして、人に好かれれば困ることはない。わしはバイヤーに会うのに決して待ったりはせん。”ウイリーが来たよ!”そういえば、あとはスイスイだ」
 「俺の知ってるあるセールスマンは、電話一本で商売をする。そしてどこの町へ行っても、彼が行けば誰もが歓迎する。
 彼の葬式には本当に何百人という人が参列したもんさ」

 隣人である弁護士チャーリーの息子で、ビフと同級生であるバーナードがあらわれて、ビフに忠告する。
 「数学の試験に落ちると卒業できないって、先生が言ってたよ」
 ウィリーは鼻で笑ってバーナードを相手にしない。ビフには、三つの大学が奨学金を出そうと申し出ているんだぞ。
 いいかバーナード、そんなこと言ってるようだから、おまえたち一家はだめなんだよ。なんの面白みもない。

 若き日のリンダが、洗濯籠を持って出てくる。はじめはウィリーも景気のいい話をしているが、リンダから家や車やその他の支払わなければならないローンのことを聞かされると、次第に気持ちが沈んでいく。
 ウィリーには、実際には自分で言うほどの収入はないのである。そんなウィリーを、リンダは力づけようとする。
 大丈夫、お金のことはなんとかなるから。
 そんなリンダを見るにつけ、彼は旅先の寂しさを紛らわすらわすために寝た<ボストンの女>のことを思い出し、心が痛む。


 二幕に入ると、ウィリーは自分の会社の二代目社長であるハワードに会いに行く。
 家の最後のローンを払うための二百ドルを前借りさせて欲しいこと、それにもう、旅回りで長距離を行ったりきたりする年齢でもないし、これからはニューヨークの勤務にしてもらうこと、を頼んでみるよう、リンダからすすめられたからである。
 ウィリーはハワードに用件を切り出すが、彼は買ったばかりのテープ・レコーダーに夢中である。どうだい、声が録音できるんだ。すごいじゃないか?これが息子の声だ。これなら留守をしていても、声でメッセージを残すことだって出来るんだ。
 そしてハワードはウィリーに言う。ニューヨークにはあいたポストはないし、それにだいぶ疲れているようじゃないか?この際休養したらどうだい。

 ウィリーは懸命に訴える。先代の社長の頃から、自分がどれだけ会社に尽くしてきたか。ハワードが生まれた時、どんな名前にすればいいか一緒に考えてやったこと−−。
 しかしそんな話を聞いてもらえる余地はない。
 勤務の変更を求めにきたはずだったが、ウィリーは首にされてしまう。

 いつの間にか、ウィリーはチャーリイのオフィスにやってくる。
 そこには、今は立派な弁護士になっているバーナードがいる。
 ウィリーは思いあまってハワードに聞く。
 どうしてビフは、あんなになってしまったんだろう、何か思い当たることはないか、と。
 当惑しながらもバーナードは、高校三年の時のことを話す。
 「数学で落とされはしたものの、ビフは夏期講座で単位を取り直すつもりでいました。ところがおじさんに会いにボストンへ行って帰ってきてからというもの、すっかりやる気をなくしてしまった。そして自慢にしていた「ヴァージニア大学」と書いた運動靴を、燃やしてしまった。僕たちはそのとき、初めて殴り合いの喧嘩をやりました。おたがいに、泣きながら。
 今でも、ときどき不思議に思うんです、その時のことが、どうして一生を捨てちまったんだろうって。ボストンでなにかあったんですか?

 バーナードに質問されるうちに、ウィリーは逆上してしまう。
 「どうしようというんだ、おれを責める気か?子供が投げたのを、わしのせいだと言うのか?」

 やがてチャーリイがあらわれ、ウィリーに50ドル渡す。チャーリイはウィリーに、うちの会社で働かないかと言うが、ウィリーは頑なに断る。そしてさらに150ドルの金を借りて帰る。

 ウィリーは待ち合わせのレストランに行く。今夜は、ビフとハッピーがレストランで一緒に食事をしようと誘ってくれたのである。ウィリーが来る間、ハッピーは店にいた女に声をかけ、ビフのためにもうひとり女を呼ぶようにと言う。
 今日ビフは、以前勤めていた会社の経営者ビル・オリヴァーに会いにいく日だった。ハッピーの考案したすばらしいアイデア、”兄弟で経営するスポーツ用品店”の開業ための資金を借りるためにである。今日のこの食事は、そのお祝いになるはずだった。
 ウィリーはビフの背中を強く叩いて言った。「そうだ、おまえが本気になりさえすれば、そのぐらいの金いくらでも貸してもらえるさ」

 しかしビフは打ち明ける。一日中待たされたあげく、ビル・オリヴァーからは一顧だにされなかったこと。彼は、ビフのことなどまったく覚えていなかったのだ。そしてあげくのはてにビフは、ビル・オリヴァーの机の上に置いてあった万年筆を盗んできてしまった。
 ビフとウィリーの間に、はげしい口論が始まる。

 ・・・時間は過去へと遡り、ウィリーにとって、あのおぞましいボストンのホテルの一夜のことが思い出される。
 数学の試験に失敗したビフが父に相談しに来たところ、ウィリーは女と一つの部屋にいたのである。
 しかも、妻リンダがつぎはぎだらけの靴下を一所懸命に倹約して使っているというのに、ウィリーはその女に、シルクの靴下を何足もプレゼントしている。
 日ごろ尊敬し崇拝してきた父の偶像は、一挙に崩れる。弁解するウィリーに、「嘘つき!インチキ!」と叫び、ビフは泣きながら飛び出していく・・・。

 ウィリーが過去を回想している間に、ビフとハッピーは女と共にどこかへ去ってしまっている。
 一人家に戻ったウィリーは、中庭でビートやレタスの種を蒔いている。兄ベンの幻影があらわれる。
 ウィリーはベンに、自殺して二万ドルの保険金をビフに残してやりたいのだが、と相談する。
 
 遅く帰ってきたビフとハッピーに、リンダは怒り、二人ともこの家を出て行きなさい、と叫ぶ。どうしてお父さんにそんなひどいことが出来るの?自分たちで食事に誘っておきながら。とても楽しみにしていらしたのよ。

 ウィリーとビフは再び言い合いになる。ビフは言う。
「おれは人の頭に立つような人間じゃないんだ、あんただってそうだ。足を棒にして歩く注文取りに過ぎない。おれは一時間一ドルの
人間だ!七つの州でやってみたが、それ以上は取れない。一時間一ドル!・・・おれはくだらん男だ!つまらん人間だ!
それがわからないんですか?別に恨んでなんかいない。ただ、おれはおれだ、というだけさ」
 そう叫び、泣きながらウィリーにしがみつく。これを父への愛情と受け止め、また自分の人生が失敗だったことに気づいたウィリーは、その責任を受入れ、家を飛び出し、車を暴走させて去る。


 この物語は、寂しい葬式のシーンで幕を閉じる。ウィリーがセールスマンという職業に対して夢に抱いた何百人もの参列者などどこにもいない。彼を見送るのは、ただリンダとビフとハッピー、それにチャーリーとバーナードだけである。
 リンダは悲痛にすすり泣きながら、空しく問いかけるように呟く。
 「なぜ、あんなことをなさったの?家の最後の払いは、今日済ませました・・・でも、もう住む人はいない。借りも払いもみんななくなったのよ。これで、自由になったのよ。借りも・・・払いも・・・なくなってね・・・」

 「アメリカの知性」と呼ばれたアーサー・ミラーは33歳の時に、この作品でピューリッツァー賞を受賞した。
 1949年の初演、その後も今日にわたり、世界中で公演されている、すでに古典とも言われるほどの、演劇界の金字塔である。
 これを書いた時、あるプロデューサーはアーサー・ミラーに電話をかけてきて、「なんだってこんなに悲しい話を書くんだ?」と言ったそうである。「あんまりにも、悲しすぎるじゃないか」

 ミラーは後日、これを北京で自ら演出したときに、中国の役者たちにこう語っている。
「ウィリーは、とるに足らない人物などではない。彼は決して受身ではない。黙ってじっとしていれば、そのまま押しつぶされてしまうことを知っている。嘘や言い逃れは、まわりの悪魔を防ぐための小さな剣なのだ。彼の活動的性格は、人類を進歩に導くものである。確かにそれは破滅も生むが、進歩もつくる。彼の愚かさのかげにある、彼が実際に対決しているものに目をやってもらいたい。それは人間にとって大事なことなのだ。ウィリーの闘いの中には気高さがある」

 彼がその鞄に何をつめこみ、何を懸命に売っていたのか、それはこの原作の中にはどこにも書かれていない。
 それは1949年の初演以来、多くの人々の議論の種になっている。

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参考文献
 アーサー・ミラー「セールスマンの死」
 アーサー・ミラー「アーサー・ミラー自伝」
 アーサー・ミラー「北京のセールスマン」
 全国アメリカ演劇研究者会議・発行「アメリカ演劇・6 アーサー・ミラー特集」

(アーサー・ミラーの本)
北京のセールスマン
アーサー・ミラー自伝〈上
アーサー・ミラー自伝〈下〉
アーサー・ミラー―劇作家への道
現代史を告発する―アーサー・ミラーの半世紀
アーサー・ミラー
ジェインのもうふ―アメリカのどうわ
アーサー・ミラー全集 1 改訂版 (1)
アーサー・ミラー全集 (2)
アーサー・ミラー全集〈6〉(新刊)



February 15, 2005

バレンタイン

 書くのが一日遅れたが、昨日はバレンタインということで、嫁さんからプレゼントをもらった。
 朝起きるとリビングのテーブルの上に、Royce'のチョコレートと、焼き物のコーヒーマグがあった。
 目覚めたらそこにプレゼントがある。なんだかクリスマスみたいである。
 
 結婚してまだ二年半とはいうものの、付き合いだした頃から数えればもう六年はたつし、嫁さんも、僕の趣味はだいたいわかっているようである。
 このマグは結構気に入った。サイズも大きいし、これなら毎日コーヒーをがぶ飲みする僕にはぴったりだ。
 
 大人になったということなのか、あるいはただ単に年をとったということなのか、それとも単純に趣味が変わっただけなのかよくわからないが、最近僕は妙に、地味で品のいい焼き物系のカップや皿やグラスにひかれる傾向がある。そういうのを店先でふと目にすると、いいなあ、欲しいなあ、と思う。いいものはやはり結構高いから、だいたいあきらめてその場を通り過ぎるだけだけど。
 ということで、嫁さん、バレンタインのプレゼントありがとう。
 大事に使わせてもらいます。
 
 ところで、僕は昔から、こういう”何かの日”というのが大好きである。
 誕生日、クリスマス、バレンタイン、結婚記念日、などなど。
 今日はいつもと違う、特別な日なんだという高揚感が、その日一日ずっと、楽しい気持ちにさせてくれる。
 そしてプレゼントをあける時、また相手が自分のあげた箱の中身を見る時というのは、本当にわくわくする、楽しい瞬間である。僕にとってそれは、人生における温かな良き一日、ささやかだが、至福の瞬間である。
 
 僕がとくに好きなのはクリスマスで、またクリスマスにかかる曲も好きなものがたくさんあって、昔はよく一年中、季節なんてまったく関係なしに、カーステレオでクリスマスの曲ばかりかけていたりした。
 そうすると、なんだかわくわくした、陽気な気分になれるし、ちょっとしんみり感傷に浸りたい気分のときは、坂本龍一の「戦メリ」でもかけておけば良い。
 
 まあ僕は基本的に、祝い事、お祭り騒ぎ、みんなで集まって飲むときに盛り上がる口実、が大好きなのです。
 とにかく記念日がやたら好きな男、という風に区分けされるなら、間違いなくその部類ですね。
 我が家では愛猫の「マキ」の誕生日も、愛犬の「フラニー」の誕生日も、ちゃんと盛大に祝っています。

 
 
追記
 コタのブログにコメントしてたみどりさん、僕みたいに、とにかくイベント大好き男というのも、世の中には少なからずいます。そういう男って、結構多いんじゃないかな。
 二人が付き合いだした日とか、初めてなになにをした日、どこかへ行った日、というのをもし彼がよく覚えているようだったら、間違いなくこのタイプですね。
 もしもそうだったら、「バレンタインは誕生日とか他のイベントとくらべると格段にやる気がそがれる」などと言わず、しっかり彼氏を楽しませてあげて下さい。
 それにしても、「いつもあげてるじゃん!」とか、「別にその日じゃなくても!」というモノの言いようは、なんだかみどりさんがしゃべってる姿が目に浮かぶようで、面白かったです。
 でも僕の知る限り、”彼”はまちがいなく記念日に弱い男です。たとえ毎日必要十分な愛情やらチョコやらをみどりさんからもらっているとしても、特別な日に何かをもらうことで、ついホロっとくるタイプです。
がんばってね。
バレンタインは終わっちゃったけど。

 ※「セールスマンの死」の続編は、また後日ということで。誰も期待してないかも知れないけど。


February 14, 2005

アーサー・ミラー氏を偲んで・・・第2夜 「セールスマンの死」

 新劇界における歴史的名作「セールスマンの死」について、舞台を見たことのない人、戯曲を読んだことのない人、またこの先もおそらく読むようなことはまずないだろうという人たちのために、その簡単なあらすじを、ご紹介したいと思います。
 持っていた台本を人に貸してしまっていて手元にないのですが、内容はだいたい覚えていますし、その他の資料なども参考にしながら、出来る限り記憶を掘り起こしてみたいと思います。
 それから、このサイトで扱う書籍、映画、演劇等については、基本的にすべてネタばれですので、ご注意下さい。
 

 舞台は1940年代のアメリカ、ニューヨークのブルックリン。
 物語は、主人公である老いたセールスマン、ウィリー・ローマンが夜遅く帰宅するシーンで始まる。
 彼は車に商品のサンプルを積み込んで地方を巡業し、新たな販路を開拓するセールスマンである。
 ボストンへの長い旅路のセールスに向かったはずの彼が、思いもよらず帰ってきたことに妻は驚きつつ、やさしく迎える。
 どうしたの?何かあったの?いや、ちょっとした事故があってね、たいしたことはないんだ。

 事故自体は、たしかにたいしたことではなかったが、しかしリンダには気がかりだった。同じような事故が、ここのところ何度も続いていたからだ。
 二人のやりとりが続く中で、リンダ(あるいはウィリーだったか)がもらす。
 車も、冷蔵庫も、洗濯機も、家も、やっとローンを払い終えて自分のものになると思ったときには、みんな駄目になってしまうのね。

 この何気ない会話が、このあとの物語のテーマを一貫してひっぱっていく、さりげない、しかし強烈な伏線となる。
 
 彼はセールスによって、学歴もなにも持たない人間が自分の腕一本で巨万の富を手にするという、まさにアメリカン・ドリームを信奉してきた男であった。
 若い頃はそれなりのセールスもあったが、今ではお得意先も次第に世代交代し、なじみの客もほとんどいなくなりつつある。昔のように、とにかく愛想良く、人に好かれさえすれば、そうしてコネクションをつくりさえすれば、物を買ってもらえるという時代ではなくなってしまっている。
 ようするに、彼は年をとりすぎたのだった。彼はすでに時代遅れであり、過去の人間であった。社会や価値観の変化は容赦なく彼を置き去りにし、
片道10時間もの距離を運転してセールスに向かうには、体力的にも限界だった。これ以上、セールスによる歩合給だけでやっていくのは無理がある。
 
 彼には二人の息子がいた。長男のビフと次男のハッピーである。
 長い間家を留守にしていたビフが、ゆえあって、家に帰ってきている。
 ビフは高校時代、アメリカン・フットボールの花形選手であった。誰もが一目置き、将来を有望視され、さまざまな有名大学からオファーがあった。
 「こいつは将来ぜったいに大物になる」
 ビフは、ウィリーにとってなによりの自慢の種だった。
 しかしビフは、ある出来事をきっかけに、大学進学を自ら放棄し、その後は職を転々としていた。何をやっても長続きしなかった。今は西部の牧場で働いていて、一時帰郷したのだという。
 あれほど自慢だった息子、あれほど将来のあった息子が、なぜ今そのような状態に甘んじているのか、ウィリーには理解することが出来ない。
 おまえには、人並み以上の能力がある、おまえが頼みさえすれば、どんな所にだって就職できるはずだし、もし本当に自分の力を試してみたいというのなら、その事業資金ぐらい簡単に貸してもらえるはずだ。
 ウィリーは今でもそう信じている。
 いったいなぜ進むべき道を決めかね、人生をそのように無為に費やしているのか?

 家族を愛し、家族のためにこれまで懸命に働いてきたウィリー。
 なのになぜ息子たちは、今このような状態にあるのだろう。

 過去の栄光ののち、失敗と挫折続きで、何をやっても長続きせず、敗北主義とも言える自堕落な生活を送り、軽犯罪にも手を出し、自分自身をなんとかしようという気持ちはあるものの、どうしていいかわからず、失意の日々を送るビフ。
 自信過剰で、実行力のともなわない大言壮語ばかり吐き、女ったらしで軽薄な遊び人のハッピー。
 
 ビフが、今では自分のことを憎んですらいることに、ウィリーは気づいている。
 
 物語は、過去と現在、そしてウィリーの心像風景を詩的に、たくみに織り交ぜながら、進んでいく。
 そして次第に、なぜビフが父を憎むようになったかも、過去の出来事から明らかになってくる。
 
 そして重要なのが、ウィリーの過去における、ウィリーの父親との関係、、そして兄との関係である。
 ウィリーの意識の中で、極度に美化されたかのようなイメージをまとって、二人はあらわれる。
 ウィリーの父親は、西部開拓時代の最後を生きた、ロマンのある男であった。兄はアラスカに赴き、そこで一攫千金を手にした、まさに時代の成功者であり、「アメリカの夢」を体現したような人物であった。
 記憶の中で、さかんにベンがウィリーに語りかける。アラスカに行こう。
−−なぜアラスカに行かないんだ?
 
 セールスにあくせくと走り回り、疲れた体をひきずるようにして、ローンの返済に追われる小さな家に帰ってくるウィリーとは、実に対照的な二人。
 二人の姿はときにウィリーを、憧れへ、夢へと駆り立て、また死へと駆り立てることにもなる・・・。
 
 ビフがなぜ高校時代、あれほどの期待を体に浴び、その実力も備えながらも、大学進学を放棄することになったのか。
 
                                       続く。

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February 13, 2005

アーサー・ミラー氏の死

 「セールスマンの死」などの名作で知られるアメリカの劇作家アーサー・ミラー氏が10夜、コネティカット州の自宅で、鬱血性心不全のため亡くなった。八十九歳だった。

 という記事を今日新聞で見て、僕は愕然としてしまった。
 ついこの間もこのブログで彼の著書「北京のセールスマン」について少し書いたばかりだった。

 「セールスマンの死」の戯曲を読んで以来、ミラー氏はぼくにとって演劇の、そして人生の、大きな精神的師であった。
 尊敬する人は?と聞かれたら、彼の名をはずしては考えられなかっただろう。
 彼が与えてくれた影響は大きい。
 とりわけ演劇に正面から向き合おうとするとき−−これから稽古に入ろうとするとき、あるいは劇作や、脚色に取り組もうとするとき、彼の文章は、いつも僕に一つの指針をさし示してくれた。

 こんなにも素晴らしい劇作家がいるのだという感嘆と尊敬の気持ち、そして自伝などから感じ取ることの出来る、彼の社会に対する温かくも鋭く厳しい視線。何事をもなおざりに、ないがしろにしないその毅然とした姿勢。
 僕にとって彼は、演劇における精神的支えであり師であるとともに、永久に越えることのできない憧れだった。

 1950年代のマッカーシー旋風(赤狩り)を強烈に批判した、17世紀末にセイラムで起こった魔女裁判を題材にした「るつぼ」では、当時、多くの映画人、劇作家やその他多くの芸術家がその政治的圧力な前に屈し、その後の人生を大きく、決定的に方向転換させてしまった中にあって、彼は断固として自分の信念を貫き通した。
 「私は自分の良識を守りたい。他人の名前を引き合いに出して、その人たちに迷惑をかけるわけにはいかない」

 公演は上演寸前で禁止され、海外公演のための渡航手続きでは旅券の発行を拒否され、下院非米活動委員会での喚問では、上記の発言と証言拒否により、国会侮辱罪に問われた。

 彼が劇作する上で常に考えていたこと、そのもっとも大きなモティベーションであったのは、その人物がいったいどこから来たのか、なぜものごとや人々が現在の状態になったか、ということに対する不思議であったように思う。
 それはつまり、どのような真理が人生を支配しているか、なぜ彼はそうならなければならなかったのか、あるいは死ななければならなかったのか、ということである。人間を、常に社会的存在として、家庭、社会、国家といった連帯性の中でとらえ、家庭劇のスタイルの中に、その倫理的基盤と社会的責任、正義観と、試練を見出した。
 彼が重視したのは、因果関係に基づくプロットであり、加えてそこには、「セールスマンの死」に顕著にみられるような、「高みへと向かおうとする」精神、人間にとってもっとも価値ある、守るべきものに対する戦いがあった。


 本当に、本当に、惜しい人を、かけがえのない人を亡くしました。
 ご冥福を祈ります。

北京のセールスマンジェインのもうふ―アメリカのどうわ
アーサー・ミラー全集 1 改訂版 (1)
アーサー・ミラー全集 (2)
北京のセールスマン
アーサー・ミラー自伝〈上〉
アーサー・ミラー自伝〈下〉
アーサー・ミラー―劇作家への道
アーサー・ミラー全集〈6〉
現代史を告発する―アーサー・ミラーの半世紀
アーサー・ミラー



February 12, 2005

東京のこと 本屋のこと

 田舎に住んでいても、普段は特別不便を感じるようなことはない。
 僕も18から21の歳まで東京にいたことがあるのだが、若くて金もなかったし、東京にいたからといって、なにか特別おもしろいことが出来たとかいうようなこともなかった。
 ずっと長野県で育ったきた者にとってはそりゃ新鮮だったし、ずいぶん友達と飲み歩いたりもしたけれど、これからも東京に住みたいとか、そういうことは特に思わなかった。
 むしろ狭い殺伐としたゴキブリの大量発生するアパートとか、朝晩の息のつまる満員電車とか、終電近くの酒臭い車内とか、わけのわからない近所の住人とのいざこざとか、住環境については、いろいろと苦労することのほうが多かった。
 
 もちろん、いい思い出もたくさんある。夢もあったし、ずいぶん恋もした。19の時には、生まれて初めて同棲のようなこともした。
 たしかに貧乏だったし、二週間の間、一日たった一つのガーナチョコだけで過ごしたこともあった。
 それでも僕にとっての東京は、毎日がスリリングで過剰だった、青春時代の良い思い出でいっぱいである。
 
 でももう一度東京に住みたいか?と聞かれたら、「まあ、別荘としてならいいかもね」と僕は答えるだろう。
 やはり性分というものがあって、僕は根本的に、田舎暮らしの方がずっと向いているようだ。
 それに今住んでいるところはまわりにほとんど家もないし、車も通らないから(もしかすかにでも車の音が聞こえたとしたら、それは誰かがうちに用事のある時だけである)、猫が自由に飛びまわっても、車に轢かれるような心配はほとんどない。
 時にはしつけの悪い愛犬、ラブラドールレトリバーの「フラニー」を、紐をはなして遊ばせてやることも出来る。
 
 しかし東京に住むということについて、ただ一つうらやましいことがあるとすれば、それは大きい本屋がたくさんあることだ。
 僕は年に3回ぐらいは東京に行くことがあるのだが(主には芝居を見に)、そのたびに、本屋に行くのが一番の楽しみだし、いいなと思った本はまとめて何冊か買ってくる。
 だいたいいつも行くのは御茶ノ水の三省堂か、新宿の紀伊国屋、このあいだ「ゴンザーゴ」を見に行ったときは、はじめて池袋のジュンク堂へ行った。
 最近の本屋というのは、実にいいですね。
 座って読めるのはもちろん、ジュンク堂には机まで置いてあって、そこで若い学生たちがノートを広げて、なにやら真剣に勉強していた。
 そんなことまで出来るのか、と僕にはちょっとショッキングでした(なんかほんとに田舎もんだな)。
 ああいう本屋があれば、本当に何時間でも、何日でも、退屈せずに過ごせそうである。
 
 今度もし東京に別荘を持つことがあったら、大きな本屋が歩いて五分か10分ぐらいのところに、マンションでも借りたいものだ。

 
 まあ、ありえないけどね。
 
 
今日もいい天気でした。
我が家の庭から。 
空

February 11, 2005

ふふ

 今日はあるたくらみに夢中でした。
 おかげでまだ夜の九時半だというのに、結構疲れ果ててます。
 たくらみとは何なのか、近日公開予定。
 というわけで今日のブログはさっくりと終了。
 友人の”本当の真犯人”くんがブログを開設したようですので、ご紹介します。
http://blog.goo.ne.jp/haru_y2k_123456
 それから友人のこたろーも。
http://blog.livedoor.jp/kota1022/
 どちらも応援してやって下さい。

 それから、「オンタイム?!」に去年客演として出演させてもらった
「芝居の会」も。友人のみどりさんが運営しています。Dialyのスペースを、ブログに変更したばかりです。
http://members12.tsukaeru.net/kpom/index-2.html

 以上3つのサイトを、当ブログに勝手にリンク貼らせていただきました。
 
 では、Good Night。おやすみなさい。


February 10, 2005

カリブへの思い


海02 ”誰もが恋する終わりなき水平線
  楽園よ、あしたはもっと天気になれ”

        〜近畿日本ツーリスト・パンフより

 
 今僕はとてもカリブ海へ行きたい気分である。
 この間の宅建講習が結婚式場の一室を会場にして行われたので、そのときロビーの片隅に置いてあったパンフをもらってきた。エジプト、ハワイ、ヨーロッパ、アメリカ、とその他にもいろいろあったのだが、僕はなぜかこのカリブに惹かれた。

 ”白い砂浜、輝く太陽、グランブルーの海に包まれる
  憧れのカリビアンリゾートへ・・・”

        〜近畿日本ツーリスト・パンフより

 カリビアンリゾートというのがなんのことだか僕にはさっぱりわからないのだが、ゴージャスなホテルに泊まって、日がな一日どこまでも広がる碧い海を眺めて、のんびりと読書でもして、夜は地元の酒をたらふく飲み、へそを出した美女達とラテンのリズムに酔いしれる。
 うーん、魅力的である。

 しかもパンフを見る限りでは、料金プランもかなり安い。
 カンクンというところへ五日間の旅をするには、99,800円〜144,800円で行けるということである。
 普段は出来るだけ無駄遣いをしないで、国内の小旅行なんかも極力しないで、年末年始あたりの一週間をこういうところで過ごすというのも、なかなか”おつ”なものだ。

カリブ しかし”カリブ”と一口に言っても、地図を見るとわかるように、その範囲はかなり広い。
 とても一週間やそこらで見きれるものではないだろう。
 海辺のリゾートでのんびりしたいのももちろんだが、僕が今行ってみたいのは、メキシコである。
 ここで、多くの謎と神秘に満ちたマヤ文明の、遺跡めぐりをしてみたい。
 それに僕だけかも知れないけど、”メキシコ”という響きには、なにかすごく魅惑的で、自由への憧れのようなものを含んだ、楽しいけれど哀しい、ロマンスの匂いのようなものがしませんか?

 「なあ、俺と一緒にメキシコに行こう」
 「メキシコ?」
 「ああ、そうすりゃ、なにもかもうまくいくんだ」
 「でも・・・」
 「なにも心配ないって!なあ、メキシコへ行こう。二人だけで、新しい生活を始めるんだ」
 「(女、少し考えてから)・・・いいわ、あなたがそういうのなら」
 「そうさ!素敵じゃないか、アメリア!俺、農場をやるつもりなんだ。最初は下働きかも知れないけどさ、金をためて、
おまえや、新しく生まれてくる子供たちのためにさ。俺、一生懸命働くよ!」
 「わかったわ、ヘンリイ。わたし、あなたのために、牛みたいに丈夫な子を7人ぐらい産むわ」

 ・・・まあくだらない小芝居は このくらいにしておきましょう。
 すいません、いつもくだらないことばかり書いて。

 でも冗談はさておき、メキシコでたくさんの遺跡をみて、カンクンでのんびりと海辺に寝そべって、その後はオーランドへ行き、ウォルト・ディズニー・ワールドを見る、というような旅行が出来たら、とても楽しいだろうな。

 ぜんぜん話は変わりますが、先月の18日にこのブログを立ち上げてしばらくは、アクセスが一日だいたい20〜30ぐらいだったんですが、ここ数日はわりとコンスタントに100ぐらいまで行くようになりました。
 昨日は今までで最高の134でした。
 読んでくださる方たち、本当にありがとうございます。
 これからも出来るだけマメに更新していきたいと思っておりますので、よろしくお願いします。

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February 09, 2005

ゲッター、あるいはジャイルズ博士

ゲッター01

 ついこの間まで、飲み会のラッシュだと思ったら、今日またしても会社の飲み会だった。
 うーん、飲みすぎたかな、こりゃ。
 ヒデちゃんは、もう気持ちよく酔っ払い中です。
 ただいま酔っ払い中。
 帰って来たのが九時過ぎで、昨日設置したばかりのBBSと、コメントの返信を書いていたら、現在すでにもう十一時近い。

 書き物をしながら、さっきまで友達とチャットで話してたんだけど、世の中は実に恋愛の悩みで満ち溢れているようだ。
 僕だって、昔はさんざん悩んだんだけど。

 今やってみたいことがあって、それは恋愛専門のブログサイトをもう一つ立ち上げること。
 最初思いついたのは、題して
『恋愛ゲッター線研究所』
 ゲッター線てのはあれです、ゲッターロボの原動力になってる、早乙女研究所で研究している超科学的エネルギーです。
 みんなの恋愛的悩みについて、うーん、それはシャインスパーク級のアタックが必要ですね、とか、それは大雪山おろし級でも大丈夫です、こんな具合におやりになったらどうですか、とか、そういうアドバイスをしたりするという。

・・・くだらない。
友達にもあまりに評判が悪かったので、これはやめました。
友達いわく「そんなの誰もわかんねーよ」とのことです。たしかにそうですね。ゲッター02

で、今考えているのは、
「ジャイルズ博士の偏執的で華麗なる愛情と恋のBBSワンダーランド」というものです。
 これは結構いいサイトになると思うんですが。
 僕の構想では。
 恋愛について、みんなで真面目に考えたり、さゲッター03まざまな角度から考察してみようというものです。
 まあ、酔っ払いのたわごとですかね。
 
 ということで、今日はこれにて失礼します。

 


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February 08, 2005

”O・ヘンリ「賢者の贈り物」”へのみどりさんのコメントへのコメント

結婚について01(結婚について)

 みどりさん、コメントをありがとう。
 トップページで返信するというのがブログで一般的によく行われているのかどうかわからないけれど、なんだか長くなりそうだったので、ここに書いてしまうことにします。
 まあこういう好き勝手が出来るところが、ブログの一番いいところですね。
 これという決まりがないし、誰かに気兼ねすることもないから。

 結婚てなんだろう−−深淵な問いですね。
 これといった正解はないし、ある程度の一般論ならいくらでも言えるけど、それが必ずしも正しくて、誰にでもあてはまるというわけではない。

 でもトルストイの小説「アンナ・カレーニナ」の出だしに、
「すべての幸福な家庭はどれもみな似通っているが、不幸な家庭はみんなそれぞれに違う」
というような有名な言葉があるけれど、これは確かに本当にそうだよな、とたまに思うことがあります。
 幸福な家庭の姿というのはなんとなくイメージできるし、どんな風にお互いが接しているか、どんなことを大切にしているか、というのも、想像しやすい。そこには何か共通した「温かさ」のようなものがあります。

 まあ、トルストイ自身は、結婚生活にこっぴどく失敗して、非業の死を遂げているんだけど。

 でも不幸な家庭の、その原因というのは、本当に千差万別で、普通に暮らしている人には、まったく想像もつかないような問題を抱えていたりする。スキャンダルというのはだから面白いんですね。え、嘘でしょ、なにそれ、マジで?というような、信じられないぐらいびっくりするような、他人の不幸がそこにはあります。

 みどりさんもそろそろ、一般的に言うところの適齢期ですよね。
 いろいろ考えるところがあるのかな?
 でもよく言うことだけれど、最終的には、結婚というのはタイミングと勢いだと僕は思いますよ。
 だって、今すぐ結婚しなくちゃいけない理由なんて、普通に暮らしてたらなかなか見つからないです。
 そして、その選択が最善だったのかどうなのか、それは誰にもわからないし、ある程度ここだと思ったところで、そういう勢いに「えいっ」と乗ってしまわないと、時には重要な機会を逃してしまうこともある。
 まあその見極めが、難しいんだけどね(笑)。

 僕もまだ結婚して二年半だし、なにが一番いいかなんてわからないし、誰かにアドバイスを与えられるほどの経験も積んでいないけれど、まあおおむね幸せにやっています。
 そしてのろけているわけではないけれど、今まで数え切れないくらいの失敗を犯してきた僕の人生において、嫁さん選びだけは、僕の数少ない賢明な選択の一つだったと思う。それは自分でも幸せなことだと思います。

 トルストイの「すべての幸福な家庭は・・・」という言葉についてもう一度考えてみると、どうすれば結婚生活で幸せになれるか?ということを考えるには、どんな不幸に自分が陥りたくないかと考えるよりはむしろ、どんな幸福な家庭が持ちたいのかということを出来るだけ楽しくイメージして、そのためにがんばることと、そのための「決意」をすることが大事なんじゃないかなという気がします。不幸やトラブルというのはどんなに気をつけていても来るときには来るものだし、心配してみてもきりがないものだから。
 すごく抽象的で申し訳ないんだけど。 

 でもみどりさんは、すごく古風な言葉で言うと「自立した女」みたいなしっかりしたところがあるし、やりたいこともまだまだいっぱいありそうだから、そのへんであるいは悩んでしまうのかもしれませんね。
 いずれにしても、「愚痴しか言わない」結婚生活には出来るだけ陥らないですむように、お互いがんばりましょう。

 またそのうちに、楽しい芝居を一緒にやりましょう。

ヒデちゃんより

結婚について02結婚について、いろいろとご意見がありましたら、ぜひコメントをお寄せください。


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February 07, 2005

七人のこびとたち

 今日は保険の講習二日目。
 これで講習は終わりで、いよいよ来週が試験である。

 今日の先生はSさんという女性で、ぱっと見たところまだ二十二か三ぐらいの、ほっそりとして小柄でとてもかわいい人だった。
 すごく若そうなのに、てきぱきとしていて歯切れが良くて、声だけ聞いていると、よく出来た銀行員かホテルの受付嬢か、冷静で頭の切れる女子アナみたいだ。すごくしっかりしている。とにかく、とても仕事の出来そうな人である。
 テキストを読んでいても、かなり難しい漢字もすらすら読む。
 途中で、今読み終わったばかりの部分について、自分の言葉でわかりやすく説明してくれた時、「−−このような文言(もんごん)は・・」というようなことを言ったので、僕は結構びっくりした。
 この年になったって、そんな美しい日本語はめったに(いやほとんど)使わないのに、この子は本当にすごい。
 別に皮肉で言っているわけではなく、嫌みでもなく、僕は本当に、真剣に感心してしまったのである。

 しかし講習が始まって一時間ほどたって、Sさんがテキストを音読し、
「(保険の中の用語の意味として)”大人”とは18歳以上の者を言い、”こびと”とは18歳未満の者をいう」
と言ったところで、僕の頭の中を、七人のこびと達が50人ぐらいさっと横切った。

 こびと?

 ・・・・・・

  でもSさんはとても一生懸命だし、いちいちあげ足をとって指摘するのもどうかと思ったので、僕はそのまま黙って聞いていた。
 一時間後、再びSさんが「先ほども説明しましたように、18歳以上はおとな、18歳以下はこびとという計算のしかたをしますので」
 と言ったとき、今度は200人ぐらいの七人のこびと達が僕に向かってやってきた。

 16歳の女の子が、ハシが転がっても笑いが止まらないように、僕もあまりにも多くの七人のこびとたちをイメージしてしまったせいで、ついに笑いをこらえきれなくなった。
 だって200人の七人のこびとですよ。
              
                                             七人のこびと僕は仕方なく、「申し訳ないのだが、それは”こびと”ではなく、”こども”ではないでしょうか?」というと、Sさんは冷静に、「ああ、やっぱりそうですかね」とうなずいていた。
 しかしものすごく冷静なのに、ほんのりとその頬が赤く染まっているところが、なんとも言えず素敵である。

 とにかくおかげで、そんなささやかなことで、僕としてはなんだか気持ちが明るくなったし、その後、休憩ごとにSさんとわりと気楽に楽しくおしゃべりが出来たりして、今日一日、とても楽しく講習を受けさせて頂きました。
 Sさん、ありがとうございました。
 本当に、決してSさんを馬鹿にしているとかそういうのではないので、誤解しないで下さい。それにそういうのって誰にでもあることです。僕だって「人気のない公園」を、何度「にんきのない公園」と読んだかわかりませんし、台本の中の「兎に角」という言葉を「うさぎにつの」と真剣に読んでみんなに笑われました。あれは本当にはずかしくて、今でもよく覚えています。誰だってそういうことをたくさんしてるんじゃないかな?

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 とにかく、楽しい一日でした。



February 06, 2005

オペラ座の怪人

オペラ座の怪人01 最近どんな映画が流行っているかなんてまったく知らなかったのだが、めざましテレビで映画「オペラ座の怪人」の演出家と音楽家のインタビューが紹介されていたらしく、「どうしても見たい」と嫁さんが言うので、ついていった。
 「オペラ座の怪人」はずいぶん昔にビデオで見た記憶があって、ストーリーはだいたい知っていたのだが、映画自体はさほど印象には残っていない。面白かったというよりは、なんだか陰気くさいイメージばかりある。
 なんで今さら『オペラ座の怪人』なんだ?という感じで、ほとんど期待していなかったのだが、しかし実際、これは期待を大きく裏切って、いい映画だった。

 陰気くさいどころか、冒頭から、ぐいぐいと引き込まれてしまう。
 音楽が素晴らしいのは言うまでもなく、映像も、演出もとても素晴らしい。
 1873年の大火で廃墟と化したオペラ座が、ラウル子爵の思いとオーバーラップしつつ、荘厳な音楽と共に1870年代当時の姿を蘇らせ、その色彩を鮮やかに取り戻していくダイナミックなシーンは、物語の始まりとしては本当に印象的なシーンで、映画を見た誰もが息を飲んだのではないだろうか。
 豪華絢爛な美術セットや衣装の数々も半端ではなくて、ていねいに、しっかり時代考証をとって再現されていて、それだけでも見ていて飽きない。
 俳優たちの歌唱力やフルオーケストラで演奏される名曲も美しく、切なく、あるいは戦慄をおびて胸に迫り、圧倒される。
 ヒロインのエミー・ロッサムは美しくて愛らしいし、歌もびっくりするぐらい本当にうまい。

 このアンドリュー・ロイド=ウェーバー作曲のミュージカル「オペラ座の怪人」は1986年にロンドンで幕を開け、ブロードウェイや東京でもロングランし、すでに『キャッツ』の動員記録を塗り替え、ギネスブックにのる見込みだそうである。

 オペラ座の怪人02               
美術や音楽が素晴らしいのはもちろんだが、ここまでこのミュージカルや今回の映画が受け入れられている理由について、特筆すべきなのはやはり、ガストン・ルルーの原作を”美しくも哀しいラブストーリー”として見事に、ハイレベルにまとめている点、そしてかつてはホラー映画の怪人でしかなかったファントムを、その過去の体験を描くことによって等身大の、やむにやまれぬ精神的な痛みを持つ存在として、ヒロイン・クリスティーヌに対する一途で純粋な愛情と共に描いている点にあるのだろう。

 クリスティーヌとファントム、二人の関係がもっとも印象深いシーンとして迫ってくるのは、やはり物語の終盤、”ポイント・オブ・ノー・リターン”をファントムがソロで歌う部分で、これはパンフにもあったけれど、ちょっと他に見当たらないぐらい本当にエロティックで−−精神的にこれほど官能的なシーンというのは、ちょっとすぐには思い当たらない−−開いた口がふさがらないぐらい、引き込まれ、胸を打たれる。
 ファントムの最後も、本当に切なくて、クリスティーヌの複雑な心境と共に、深い余韻が残る。

 しかし昔見世物小屋でひどい目に合わされていたファントムを助けたマダム・ジリーとファントムとの関係、果たしてそこにはどのようなロマンスがあったのか、なかったのか?
 映画の中ではほとんど何も描かれていないのだが、なんだか気になってしょうがない。たぶんみんなも、そうだと思うんだけど。

 とにかく、カップルで観に行くには(一人でもいいけど)、とてもいい映画だと思います。

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オペラ座の怪人 
オペラ座の怪人
サウンド・トラックCD The Phantom of the Opera (Original...

February 05, 2005

O・ヘンリ「賢者の贈り物」

 このあいだO.ヘンリーの短編集を古本屋で買ったので、昨日から読み始めた。
 僕は今までO・ヘンリを読んだことは一度もなくて、これが初めてである。
 15編入っている内、「賢者の贈り物」と「アイキイの惚れ薬」「手入れのよいランプ」の3編をとりあえず読み終えたところだ。
 「賢者の贈り物」は有名だから、ほとんどの人がおそらく一度はその内容を聞いたことがあるだろう。
 クリスマスだというのにとても貧しい、若い新婚夫婦の話だ。
 
 二人はとても愛し合っているのだが、お互いに、相手に何かを買ってあげられるような余裕がない。
 妻は決意して、自分の唯一の自慢である髪を売り、夫の金時計のために時計鎖を買う。
 夫は決意して、自分の唯一の自慢である金時計を売り、妻の美しい髪のために櫛を一揃い買う。
 かくして、二人のプレゼントは、どちらもなんの役にも立たなくなってしまう。
 O・ヘンリはこの短い物語の最後をこう締めくくる。
 「しかしこの世の中において、贈り物をあげたりもらったりする人々の中で、この二人のような人たちこそ最も賢明なのである。どこにいようとも、彼らこそは「賢者」なのだ。」
 
 小説としてそれほど面白かったというわけでもないのだが、しかし、「うん、確かにこういう夫婦じゃなくちゃいけないよなあ」
と、僕は妙に感心してしまった。
 
 昔ケビン・コスナーがその出世作である主演映画「アンタッチャブル」で、「結婚はいいものだ。結婚はいい」としきりに呟いていたけれど、確かに「結婚ていいものだな」、と僕もたまに思うことがある。
 別にのろけているわけじゃないですよ。
 そんなスイーツな気持ちで言っているわけではなくて、ただ事実として、結婚てやっぱりいいもんです。
 一言じゃ言えないけど、いろんな意味で。
 よその夫婦のことはよくわからないけれど。
 
 いずれにしても、どうせ死ぬまで一緒に住むと決めた相手なのだから、この「賢者の贈り物」のように、いつまでもお互いを思いやる気持ちを持ち続けたいものである。
 嫁さんは大事にしておくに越したことはないし、持ち上げられるとき、機嫌をとれそうな時には、とことんやっておいた方がいい。
 これも、いろんな意味で。
 
 それにしても、「アンタッチャブル」は面白い映画だった。
 
 
 ↓今日文房具屋にいったついでに買ったマグネットクリップと、金色のクリップ。たいしたものではないのだが、結構気に入ってしまった。
 
クリップ

February 04, 2005

節分と、鬼になったマキ

 マキ01

昨日は節分だったので、嫁さんと二人で豆まきをした。
 何日か前から、「2月3日には豆まきするわよ」と言われていたのである。
 豆まきなんて、小学生以来だ。

 うちには子供がいなくて、嫁さんと僕と犬と猫、四人家族である。
 僕に鬼になれと嫁さんに言われたが、そんなの嫌なので、かわりにうちの愛猫マキに鬼になってもらった。
 薪ストーブの横のソファで丸くなっていたマキに豆を投げると、怪訝な顔で、「なんだい、なんなのさ?」とびっくりした顔でこっちを見て、投げた豆の行方を興味深そうにじっと睨んでいた。
 その表情やしぐさが、なんとも言えずかわいい。
 あんまりかわいいので、もっと豆をぶつけてあげた。
 もちろん、痛いほど強くじゃないですよ。

 マキに豆を投げ終わった後、寒いのを我慢して玄関の外に出て、積もった雪でかすかに明るい夜の薄闇の中へ、
嫁さんと二人で大きな声で豆を投げる。
 これで一年間、我が家が安泰だといいのだが。

 今日は立春。
 毎日厳しい寒いさだが、もうあと一月もすれば、春がやってくる。
 春が来たら・・・野菜の種もまきたいし、芝も張りたいし、木も植えたい。
 レンガを敷いてアプローチを作りたいし、友人が集まったときのためのバーベキュー炉も作りたい。
 そういえば、去年強風で吹き飛んだ薪置き場の屋根も直さなければいけない。
 さて−−リストのうち、今年はどこまでやれるだろうか?

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February 03, 2005

全世界モスバーガー化計画

 昨日今日と、二日続けて丸一日研修だった。
 昨日は宅建の研修。今日は損保ジャパンの研修である。

 去年の秋に、今まで保険業務を扱っていた男の子が急に会社をやめてしまい、そのあとを僕が引き継いでいるのである。
 昨日の研修は半分ぐらいは寝ていられたからたいしたことはなかったのだが、今日はそうはいかなかった。
 自動車保険やら、火災保険やら、傷害保険やら、医療保険やらを、代理店として扱うための一応正式な資格試験が今月の中旬にあって、今日はその事前講習だったのだ。しかし問題は、そんなことではない。
 朝会場に行ってみると、僕以外は誰もいない。
 やがて二十代後半ぐらいのわりにきれいなお姉さんがやってきて、「じゃあ始めますか」と言う。
 唖然として「まさか僕一人なんですか?」と聞くと、「ええそうなんです。もう二人来るはずだったんですが、急に予定が変わってしまって」ということである。

 結局夕方の五時まで、まったくの個人授業だった。
 こんなに長時間集中して勉強させられたのは、そしてこんなに頭がフラフラになるまで勉強したのは、中学生以来かも知れない。
 しかし冗談ではなく、本当に疲れた。仕事で十時まで残業したって、こんなには疲れないのに。
 一日というのは、短いようでとても長いものである。
 
 ところで昼食は、近くのモスバーガーに行った。
 スパイシーモスバーガー、モスチキン、ポテトのS、アイスコーヒーのS。
 モスバーガーを食べていると、やっぱりモスはうまいなあと思うのと同時に、マクドナルドってなんてまずいんだろう、といつもしみじみ思ってしまう。
 なんであんなにまずいハンバーガー屋が、日本中、世界中、いたるところにあるんだろうか?
 マクドナルドが好きな人は、もしこれを読んでもどうか怒らないで下さい。だってこれは僕の勝手な感想なんだし、勝手な意見や感想を誰にもなんの気兼ねもなく書くという、これはただそれだけのためのサイトなんだから。
 
 そういうわけで、モスバーガーをおいしく食べながら、
「そうだ、マクドナルドなんかいらないから、そのかわり今マクドナルドの店があるところは全部モスバーガーになっちゃえばいいんだ」
 と、僕は考えていた。
 
 全世界、モスバーガー化計画。
 
 それが実現したら、僕としてはかなり胸がすーっとするんだがなあ。
 くだらないこと考えてるな、というのは自分でもよくわかっているのだが。
 まあ、とりあえず。

 しかし今さらだけれど、クオリティの高いものが必ずしも売れる、トップになるというわけではないということだけは、やはり世の常のようだ。
 あまり明るい見解ではないけれど、これはどんなことについても言えると思う。
 歌手にしろ、俳優にしろ、作家にしろ、企業にしろ、職人にしろ。
 問題は、世の中の大勢が求めているものを、いかに敏感にキャッチして、効率よく、タイムリーに提供できるかということなのだ。
 目の前の仕事を美しくていねいに、自分が本当に満足いく形で追求するということとは別の才能や、戦略が必要になってくる。
 だから、あまり最初からそういうものを目指さない、無理に背伸びしすぎない、ということは、一つの見識ではあるかも知れない。儲かるものが、もっとも優れているとは限らないし、金をたくさん稼げる人が、人間的にもっとも優れているとは限らない。
 もちろん、良いものは最終的にはきちんと世間から認められるだろうし、悪いものなら、遠からず世間から淘汰されていくだろう。
 しかしそれで巨万の富を築けるかどうかというのはまた別の話で、運もあるし、商才が必要である。
 結局、どのあたりで折り合いをつけるかということが、何事も大事なのだろうけれど。
 
 それにしても、モスバーガーの”ハバネロフォカッチャ”だけはちょっといただけない。
 この間うちの嫁さんが物珍しさに注文して、僕も少し食べさせてもらったのだが、あまりにも辛すぎて、うまいとかまずいとか、そういうレベルの話ではなかった。
 僕よりはるかに辛いもの好きの嫁さんも、さすがに閉口していた。
 たった一口味見しただけで、しばらく口が痛くてヒリヒリした。
 もし好きな人がいるとしたら、あれほどの辛さを求める味覚というのがいったいどういうものなのか、僕には本当に、見当もつかない。

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February 02, 2005

早起きについて

 年が明け、”新年の誓い”のようなものを立てても、たいていは実現しないものだ。
 いやそんなことはない、立てた誓いは必ず実行しているし、途中で挫折してしまうこともない、という世にも奇特な、最愛の連れ合いを失ったばかりの未亡人のような岩のように硬い精神力を持っている人だって中にはいるのだろうが、僕はだめである。だいたい一月か二月もすれば、自分でも何を誓ったのかすら忘れてしまう。
 そして「こんなことではだめじゃないか」と、いつも反省することになる。

 そもそも、新年の誓いというのは、ほとんどの場合一時の熱に浮かされたただの願望であったり、単に夢のような美しい憧れであったりする。それが実行されるにあたって生じるリスクや、生活の変化に伴う不便といったようなことを、ほとんど考慮されていない。
 本当の”決意”というものは、もっと現実的な、必要にせまられた、切実なものであるような気がする。
 
 にもかかわらず、僕は毎年、懲りずに誓いを立てている。
 生活習慣の改善から始まって、一年間の予定や、計画。
 書いたもののうち、実行されないもののほうがはるかに多いし、それは自分でもよくわかっているのだけれど。
 
 しかし今年に入って、今までとは違い、初めて実現したことがあった。
 それは”可能な限り、毎朝四時に起きる”というものである。
 この”可能な限り”というのは、誓いとしてはかなりあいまいだが、たとえばどうしても飲み会で遅くなってしまったり、どうしてもその日のうちに片付けておきたい仕事があって寝るのが遅くなってしまった、という日以外は、
だいたい四時か、遅くても五時には起きるようにしている。
 この辺りもとてもあいまいで、「誓いが実現した」というほどのこともないじゃないかと言われれば、まあそうかも知れない。
 でも今まで七時十五分頃まで寝ていて、七時半に始まる会社に大慌てで出かけていた僕としては(会社まで車で五分)、ずいぶん大きな進歩である。

 それにこの”あいまいさ”が、僕にとってはかえっていいような気がする。あまり大それた、がんじがらめの目標を立てると、約束を果たせなかった時、それに対する挫折感も大きいからだ。
 そして、一つほころびが生じると、その後はもうずるずると、なし崩し的に駄目になっていってしまう。そして、こりゃもう駄目だな、とあきらめてしまうことになる。
 
 とにかくおかげで、朝早く起きるためにだいたい夜十時には寝るようになって、テレビの連続ドラマなんかもほとんど見なくなってしまった。仕事から帰ってくると八時過ぎということがほとんどだし、それから晩ご飯を食べたり風呂に入ったり、あるいはこのブログを更新したりしていると(いつも長い文章でどうかと思うが、でも僕は書くのは早いのだ)、それ以外のことをする時間なんてほとんどゼロである。

 まだ暗いうちに起きて、何か自分のやりたい作業に没頭し、窓の外で白々と夜が明けていくのを横目で眺めるという一日の始まり方は、なかなか気分のいいものだ。夜はどうしても酔っ払ってしまって、遅くまで無理して起きていても、さほど作業がはかどらないということもあるし、朝四時からの二時間半ぐらいの時間というのは、まったく100%、自分だけの自由な時間である。嫁さんも寝ているし、誰もやってこないし、電話もかけてこない。本当に完全に、自分だけの世界に没頭できる。
 これはなかなか普通では得がたい時間である。そして、なにか一日のいいスタートを切ったなという感じがする。
 
 というわけで今年の新年の目標。
 「可能な限り、毎朝四時に起きる」
 これをなんとか一年間、続けたいものである。
 


February 01, 2005

今日の出来事

 今朝起きてみたら、すっかり景色が白い。
 この間降った雪がやっと溶けて喜んでいたのだが。
 僕が住んでいるところは周囲一面、見渡す限り野原で、遠くに小さな森と、高い山が見えるほかは、ぽつぽつといくらかの家が見えるぐらいである。
 一番近い民家まで200mぐらい。ほかには文字通り、何もない。
 公道と呼べそうな細い道に出るまでに、約50m。
 
 こういうとてつもない田舎に、僕は好んで土地を買い、家を建てたわけだが、夏はたしかに素晴らしく気持ちのいい場所であるかわりに、冬は、この50mの道を自分と嫁さん二人で雪かきしないといけない。
雪が降れば、生活のすべては雪かき中心に調整されることになる。
 だから雪が降るということは、僕らにとってはかなり一大事なのである。
 
 結局今日は終日雪だった。
 心配したほど大量には降らなかったが、全国的な寒波が来ているようで、夜はどこもかしこもツルツルに凍っていた。
 またこの雪が溶けるまでには、しばらくかかるのだろう。
 
 そういえば、久しぶりに九州の知り合いの女の子と電話で話した。
 四年か五年ぶりぐらいだった。
 知り合った頃、その子は大学在学中で、児童心理学の勉強をしていた。
 僕もそういう心理学系の話題は好きなほうだから、やれフロイトやら、ユングやら、箱庭療法やらについて、結構夜遅くまで夢中で話した覚えがある。
 しかしそれにしても、本当に久しぶりで、懐かしかった。
 その子は今、小学校の先生をしている。

自宅01

 
 
 
 
 
 
 
 
自宅02
 
 
 
 
 
 
 
 
夏の我が家
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