March 11, 2005

「羊を飼うことについて」

 以下は、僕が約七年ぐらい前に書いた文章です。
 書いてあることはまったくのフィクションで、これが単なる日記なのか、なにか小説や寓話の始まりのつもりなのか、詩のつもりなのか、エッセイのたぐいなのか、自分でもよくわかりません。

 ただ読み返してみると、当時の自分の疲弊や混乱、その時自分が恋をしていた相手のこと、などが手に取れるように思い出されて、妙に懐かしいです。
 まあ僕以外の人間には、ほとんどなんの関係もない文章なのですが。
 多少なりとも興味がある方はどうぞ。
 ささやかなカミング・アウトといったところでしょうか。
 
−−−−−−「羊を飼うことについて」 −−−−−−
 
 僕は羊を飼っている。とてもデリケートな羊だ。
 羊は、もこもことした、いくらか色褪せた白い毛皮を身にまとい、くるっと小さくひねった角を二本、まるでクリスマス・ツリーの飾りのようにちょこんと頭につけている。とくに何かの役に立つようなものではない。
 黒い顔の中には黒く潤んだ目が二つ、いつもどこか哀し気な表情を浮かべてまわりを見回す。

 傷つきやすく気分やで、感情の波が激しい。なにか嫌なことがあると、すぐに自分の小屋の中に潜り込んで、ひとりぼっちで、救いようもないようなひどい顔で、ふさぎ込む。ひどい時にはそのまま地べたにへたりこんで、泣き寝入りしてしまう。
 
 羊の頭の中はちょっとした事で混乱してしまう。混乱が羊の手に負えないくらい大きくなると、羊はもうどうしていいやらわからなくなってしまう。だから、そのまま眠ってしまう。そうすれば、とりあえずそれ以上傷つかないですむからだ。
 
 あまりかわいい羊だというわけでもない。
 最初はそれなりにかわいくも思ったけれど、―――そして時々はかわいいと思うこともないではないけれど、だいたいにおいて、もううっとおしいだけだ。毎日僕は餌をやるために羊のところへ行くのだが、しかしこれがまた、好き嫌いが多いのだ。しかも昨日喜んで食べたものを、今日は食べない。

 好き嫌いが多いというのは正確ではない。基本的に、羊はなんでも食べるのだ。ただ、その日食べたいものしか口にしない。要するに気分屋なのだ。
 僕だって、いい加減うんざりしている。二日か三日に一度はうんざりしている。
 「食べたくないならそれでいい、おまえみたいなわがままな羊はどこへでも行ってしまえ」と放っておいた事も何度かあるけれど、そうすると羊は、何日でも何も食べずに眠ったままになってしまう。羊におどしはきかないのだ。

 そのまましておけば、遠からず死んでしまうだろう。正直に言って、出ていくなり死んでしまうなり、もう自分の好きにしてくれよ、僕はもう君の面倒なんかみたくない、金輪際ごめんだよ、と毎日のようにちらと思う。
 でも出来ない。完全には無視できない。羊はこう見えて、僕の心を揺さぶるような同情の買い方が非常にうまいのだ。
 僕は仕方なく、根気よく羊に餌を与えることになる。そしてその事が、僕を余計に苛立たしい気持ちにさせる。
 
 羊はまた病気がちである。簡単に病気になる。しょっちゅう軽い病気になり、重い病気を定期的に抱え込む。
 一生治らないんじゃないかというような持病もいくつか持っている。見ていて痛々しいくらいのものだ。
 こういう言い方はひどいとは思うけれど、救いようがない。馬鹿なんじゃないかと思う。
 病気の原因はそのたびに少しずつ違うけれど、でもそれは普通なら、いくらでも予防したり、再発を防ぐことの出来るようなものなのだ。
 でも羊は不摂生だし、経験から学ぶということが出来ないので、前にかかったのと同じ病気を何度でも僕のところへ持ち込み、そして前と同じように、床の上をころころと転がり回って苦しんでいる。
 見ていられない。時には、そんな彼のせいで僕までが不必要に哀しくなってくる。
 そういう時には、本当にもう、出ていって欲しいものだと、つくづく思う。

 羊は例によって、今も病気である。これも以前何度もかかっている、わりと重い病気だ。
 羊は小屋の奥の隅の方にじっとうずくまり、今では僕の顔をほとんど見ない。
 医者に行けと言っても、面倒くさそうに小さく「メー」とうめくだけである。
 ご飯だよと言っても、食べるには食べるけれど、普段ほどたくさんは食べられない。
 時々、僕が呼びに行くのを忘れても、文句も言わない。むしろその方が羊にとっては有り難いくらいのものなのかもしれない。
 とにかく彼は今、なにか物を口にするような気分じゃないのだ。
 
 
 かわいそうな羊。僕は君のことが昔は好きだった。本当に好きだった。けれど今はわからない。
 どちらにしても、前ほどはもう好きじゃない。
 冷たい言い方かもしれないけど、そうさせたのは君の方だろう?
 君にはそれがわかってるのかな?
 
 でも。
 それでも君が病気のままでいるのはとても困る。
 君が僕をどう思っていようと、そして僕が君をどう思っていようと、やはり僕は君と共に生きて行くしかないんだ。
 君にだって、それはわかってるだろう?

 君はもう大人の羊なんだし、そんなに好きなことばかり言ってちゃいけない。
 いつまでも、凡庸な羊であることを拒み続けてみたって、仕方ないじゃないか?
 いいんだよ、凡庸で。羊は羊だ。幸せとは、そういうものだ。
 それがもし君にわかったら、きっと今よりも体が丈夫になる。友達もたくさん出来るし、年を取ることもそれほど恐くなる。
 素敵な恋人だって出来るかもしれない。
 
 
 僕の羊。
 病気の羊。
 羊はとてもわがままな動物である。
 飼うのにとても苦労する。
 彼らはとてもデリケートな生き物なのだ。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 以上です。
 古い文章だし、内容についてあれこれ言いません。
 こういう自分の古傷みたいなものを見せるのは、やはりはずかしいものですね。はずかしいので、あとで全文削除するかも知れません。

 その当時とくらべて、僕の羊がどのくらい人間的に(というか羊的に)成長したのだろうか?と、ふと考えることがあります。
 結局、それほど大きく成長してないんじゃないかと思うことのほうが、圧倒的に多いんですが。

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jailz at 18:33│Comments(0)TrackBack(0)その他 

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