February 16, 2005

アーサー・ミラー氏を偲んで・・・第3夜 「セールスマンの死」(2)

「偉大なドラマは偉大な疑問であり、さもなければただの技巧でしかない」
                〜「アーサー・ミラー自伝(上)」より

 (前回までのあらすじの続きです)

 青年だった頃のビフやハッピーに、ウィリーはよく自分の人生哲学を聞かせた。
 
 ウィリーの脳裏に、十数年前の幸せだった日々がよみがえってくる。
 ビフもハッピーも高校生で、ビフはフットボールの選手だった。
 
 「いいか、実社会ではな、個性的で魅力のある男が勝つんだ。愛想良くして、人に好かれれば困ることはない。わしはバイヤーに会うのに決して待ったりはせん。”ウイリーが来たよ!”そういえば、あとはスイスイだ」
 「俺の知ってるあるセールスマンは、電話一本で商売をする。そしてどこの町へ行っても、彼が行けば誰もが歓迎する。
 彼の葬式には本当に何百人という人が参列したもんさ」

 隣人である弁護士チャーリーの息子で、ビフと同級生であるバーナードがあらわれて、ビフに忠告する。
 「数学の試験に落ちると卒業できないって、先生が言ってたよ」
 ウィリーは鼻で笑ってバーナードを相手にしない。ビフには、三つの大学が奨学金を出そうと申し出ているんだぞ。
 いいかバーナード、そんなこと言ってるようだから、おまえたち一家はだめなんだよ。なんの面白みもない。

 若き日のリンダが、洗濯籠を持って出てくる。はじめはウィリーも景気のいい話をしているが、リンダから家や車やその他の支払わなければならないローンのことを聞かされると、次第に気持ちが沈んでいく。
 ウィリーには、実際には自分で言うほどの収入はないのである。そんなウィリーを、リンダは力づけようとする。
 大丈夫、お金のことはなんとかなるから。
 そんなリンダを見るにつけ、彼は旅先の寂しさを紛らわすらわすために寝た<ボストンの女>のことを思い出し、心が痛む。


 二幕に入ると、ウィリーは自分の会社の二代目社長であるハワードに会いに行く。
 家の最後のローンを払うための二百ドルを前借りさせて欲しいこと、それにもう、旅回りで長距離を行ったりきたりする年齢でもないし、これからはニューヨークの勤務にしてもらうこと、を頼んでみるよう、リンダからすすめられたからである。
 ウィリーはハワードに用件を切り出すが、彼は買ったばかりのテープ・レコーダーに夢中である。どうだい、声が録音できるんだ。すごいじゃないか?これが息子の声だ。これなら留守をしていても、声でメッセージを残すことだって出来るんだ。
 そしてハワードはウィリーに言う。ニューヨークにはあいたポストはないし、それにだいぶ疲れているようじゃないか?この際休養したらどうだい。

 ウィリーは懸命に訴える。先代の社長の頃から、自分がどれだけ会社に尽くしてきたか。ハワードが生まれた時、どんな名前にすればいいか一緒に考えてやったこと−−。
 しかしそんな話を聞いてもらえる余地はない。
 勤務の変更を求めにきたはずだったが、ウィリーは首にされてしまう。

 いつの間にか、ウィリーはチャーリイのオフィスにやってくる。
 そこには、今は立派な弁護士になっているバーナードがいる。
 ウィリーは思いあまってハワードに聞く。
 どうしてビフは、あんなになってしまったんだろう、何か思い当たることはないか、と。
 当惑しながらもバーナードは、高校三年の時のことを話す。
 「数学で落とされはしたものの、ビフは夏期講座で単位を取り直すつもりでいました。ところがおじさんに会いにボストンへ行って帰ってきてからというもの、すっかりやる気をなくしてしまった。そして自慢にしていた「ヴァージニア大学」と書いた運動靴を、燃やしてしまった。僕たちはそのとき、初めて殴り合いの喧嘩をやりました。おたがいに、泣きながら。
 今でも、ときどき不思議に思うんです、その時のことが、どうして一生を捨てちまったんだろうって。ボストンでなにかあったんですか?

 バーナードに質問されるうちに、ウィリーは逆上してしまう。
 「どうしようというんだ、おれを責める気か?子供が投げたのを、わしのせいだと言うのか?」

 やがてチャーリイがあらわれ、ウィリーに50ドル渡す。チャーリイはウィリーに、うちの会社で働かないかと言うが、ウィリーは頑なに断る。そしてさらに150ドルの金を借りて帰る。

 ウィリーは待ち合わせのレストランに行く。今夜は、ビフとハッピーがレストランで一緒に食事をしようと誘ってくれたのである。ウィリーが来る間、ハッピーは店にいた女に声をかけ、ビフのためにもうひとり女を呼ぶようにと言う。
 今日ビフは、以前勤めていた会社の経営者ビル・オリヴァーに会いにいく日だった。ハッピーの考案したすばらしいアイデア、”兄弟で経営するスポーツ用品店”の開業ための資金を借りるためにである。今日のこの食事は、そのお祝いになるはずだった。
 ウィリーはビフの背中を強く叩いて言った。「そうだ、おまえが本気になりさえすれば、そのぐらいの金いくらでも貸してもらえるさ」

 しかしビフは打ち明ける。一日中待たされたあげく、ビル・オリヴァーからは一顧だにされなかったこと。彼は、ビフのことなどまったく覚えていなかったのだ。そしてあげくのはてにビフは、ビル・オリヴァーの机の上に置いてあった万年筆を盗んできてしまった。
 ビフとウィリーの間に、はげしい口論が始まる。

 ・・・時間は過去へと遡り、ウィリーにとって、あのおぞましいボストンのホテルの一夜のことが思い出される。
 数学の試験に失敗したビフが父に相談しに来たところ、ウィリーは女と一つの部屋にいたのである。
 しかも、妻リンダがつぎはぎだらけの靴下を一所懸命に倹約して使っているというのに、ウィリーはその女に、シルクの靴下を何足もプレゼントしている。
 日ごろ尊敬し崇拝してきた父の偶像は、一挙に崩れる。弁解するウィリーに、「嘘つき!インチキ!」と叫び、ビフは泣きながら飛び出していく・・・。

 ウィリーが過去を回想している間に、ビフとハッピーは女と共にどこかへ去ってしまっている。
 一人家に戻ったウィリーは、中庭でビートやレタスの種を蒔いている。兄ベンの幻影があらわれる。
 ウィリーはベンに、自殺して二万ドルの保険金をビフに残してやりたいのだが、と相談する。
 
 遅く帰ってきたビフとハッピーに、リンダは怒り、二人ともこの家を出て行きなさい、と叫ぶ。どうしてお父さんにそんなひどいことが出来るの?自分たちで食事に誘っておきながら。とても楽しみにしていらしたのよ。

 ウィリーとビフは再び言い合いになる。ビフは言う。
「おれは人の頭に立つような人間じゃないんだ、あんただってそうだ。足を棒にして歩く注文取りに過ぎない。おれは一時間一ドルの
人間だ!七つの州でやってみたが、それ以上は取れない。一時間一ドル!・・・おれはくだらん男だ!つまらん人間だ!
それがわからないんですか?別に恨んでなんかいない。ただ、おれはおれだ、というだけさ」
 そう叫び、泣きながらウィリーにしがみつく。これを父への愛情と受け止め、また自分の人生が失敗だったことに気づいたウィリーは、その責任を受入れ、家を飛び出し、車を暴走させて去る。


 この物語は、寂しい葬式のシーンで幕を閉じる。ウィリーがセールスマンという職業に対して夢に抱いた何百人もの参列者などどこにもいない。彼を見送るのは、ただリンダとビフとハッピー、それにチャーリーとバーナードだけである。
 リンダは悲痛にすすり泣きながら、空しく問いかけるように呟く。
 「なぜ、あんなことをなさったの?家の最後の払いは、今日済ませました・・・でも、もう住む人はいない。借りも払いもみんななくなったのよ。これで、自由になったのよ。借りも・・・払いも・・・なくなってね・・・」

 「アメリカの知性」と呼ばれたアーサー・ミラーは33歳の時に、この作品でピューリッツァー賞を受賞した。
 1949年の初演、その後も今日にわたり、世界中で公演されている、すでに古典とも言われるほどの、演劇界の金字塔である。
 これを書いた時、あるプロデューサーはアーサー・ミラーに電話をかけてきて、「なんだってこんなに悲しい話を書くんだ?」と言ったそうである。「あんまりにも、悲しすぎるじゃないか」

 ミラーは後日、これを北京で自ら演出したときに、中国の役者たちにこう語っている。
「ウィリーは、とるに足らない人物などではない。彼は決して受身ではない。黙ってじっとしていれば、そのまま押しつぶされてしまうことを知っている。嘘や言い逃れは、まわりの悪魔を防ぐための小さな剣なのだ。彼の活動的性格は、人類を進歩に導くものである。確かにそれは破滅も生むが、進歩もつくる。彼の愚かさのかげにある、彼が実際に対決しているものに目をやってもらいたい。それは人間にとって大事なことなのだ。ウィリーの闘いの中には気高さがある」

 彼がその鞄に何をつめこみ、何を懸命に売っていたのか、それはこの原作の中にはどこにも書かれていない。
 それは1949年の初演以来、多くの人々の議論の種になっている。

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参考文献
 アーサー・ミラー「セールスマンの死」
 アーサー・ミラー「アーサー・ミラー自伝」
 アーサー・ミラー「北京のセールスマン」
 全国アメリカ演劇研究者会議・発行「アメリカ演劇・6 アーサー・ミラー特集」

(アーサー・ミラーの本)
北京のセールスマン
アーサー・ミラー自伝〈上
アーサー・ミラー自伝〈下〉
アーサー・ミラー―劇作家への道
現代史を告発する―アーサー・ミラーの半世紀
アーサー・ミラー
ジェインのもうふ―アメリカのどうわ
アーサー・ミラー全集 1 改訂版 (1)
アーサー・ミラー全集 (2)
アーサー・ミラー全集〈6〉(新刊)



jailz at 23:43│Comments(0)TrackBack(0)演劇 | 

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